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「こんなのやりたい仕事じゃない」文句ばかり言っていた私を揺さぶった言葉

By - grape編集部  公開:  更新:

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私が勤めているのは、美容サロンを全国展開している企業です。配属はコールセンター。

朝から晩まで、予約の電話、施術に関するクレームの対応。ネット予約の処理は単純作業。空き時間には、以前に資料請求してきた人や、長く利用していない顧客への電話勧誘。

「女性を綺麗にする仕事がしたい。」学生のころから美容に興味があって、漠然とそんな思いを持って入社したのですが、配属されたのは思いがけない部署。

鳴りやまない電話、変わり映えのない毎日。女性客のヒステリックな苦情を聞くのは、本当にうんざりします。

同期入社で現場に配属された子たちがうらやましく、呪わしくすら思えます。彼女たちはエステティシャンとして技術を身に付けていくのに、私と来たら、マニュアル通りの受け答えが上手になる程度。

「こんなことがやりたくて会社に入ったわけじゃないのに…。」

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同期はシフト勤務なのでなかなか予定が合わず、たまの同期会も愚痴ばっかり。私がブツブツ不満をつぶやくと、「でも、コールセンターはいいよね、定時で帰れるし。急にシフトチェンジとかないでしょ。」と返されます。

現場は現場で大変だとは思うけれど。好きでこの仕事を選んだのだからいいじゃない、そんな風にまたひねくれて考える自分にも嫌気がさしていました。

その日も、朝いちばんで面倒なお客様へキャンセル料督促の電話。ドタキャンにはキャンセル料がかかりますよ、ご利用規約に書いてありますからと、払いたくなくてごねるお客様の対応を終え、深いため息をついていたところ…チーフに肩をつんと突かれました。

「対応が不機嫌すぎるよ、嫌なお客様にも笑顔で。」

チーフのその言葉に、胸の奥がギュッと苦しくなりました。なんとかキャンセル料を払ってもらえることになったのに…。

仕事が嫌なりに、何とか効率よく、うまく業務を遂行できるように、いろいろ工夫しているのに。お客様の言いなりに愛想よくしていたら、こちらの言い分は通らない。キャンセル料の回収率が低ければ、それはそれでオペレーターの技量が足りないと指摘されるのです。理不尽にもほどがある。

「私だってこんなの、やりたくてやってるんじゃないです。」思わずそう口に出してしまいました。

心の中で、もういいや、という思いが湧いてきて「私がダメなら辞めさせればいいじゃないですか。」そんなことまで口走っていました。

「別にいいです、こんな仕事やりたくないし。代わりの人を雇ったほうがいいと思います。」

チーフは少し驚いた顔をしたけれど、そのときは「業務に戻って。」としか言いませんでした。

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その日の午後でした。チーフがマネージャーと何か話しているのが目に入りました。私のこと、話してるのかな…とぼんやり考えていたら、突然名前を呼ばれました。

ああ、やっぱり…。

早速クビかな、クビならいいけれど、職場にいづらくなったら面倒だな。そんなことを考えながら、立ち上がろうとすると「そのままで。」という合図。

「3番に出て、どうしてもあなたとお話したいというお客様。」また何か面倒な客か…。ため息を我慢しながら通話。

ところが聞こえてきたのは、とても明るい声でした。

「良かった! 電話代わってもらえて。そうそう、あなたよね。覚えてる。私のことなんて覚えてないでしょうけれど。」

母親くらいの年代でしょうか。お客様は矢継ぎ早にしゃべります。

「どうしてもお礼が言いたくて、でもあなたのお名前がわからないから…どうしましょうってさっきの女性の方と話していたんだけれどね、そうしたら、もしかしたらあなたかなって。上司に相談してみますって言ってくれたの。」

チーフとマネージャーが話していたのは、このお客様からの相談だったのか…。

「私が、何かございましたか…。」おずおずと尋ねると、またとても明るい声が返ってきます。

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「前に一回、パンフレット送ってもらったでしょ? で、あなたが電話くれて。こんなおばあちゃん、エステしたって無駄無駄って思ってたんだけど。あなた言ったでしょ、女性はいくつになってもきれいになっていいんですって!」

このお客様とのやりとりを、なんとなく思い出してきました。でもそのときは、予約を取ることはできなかったような…。

「あのね、こないだ同窓会があってね…ウフフ…。」

このお客様の話は、こう。私の勧誘の電話で、少し迷ったけれど、後日施術を予約した。そのあとすぐ同窓会があって、再会した同級生と、なんと付き合い始めたという!

旦那さんとは数年前に死別、ずっと立ち直れずにいたのが、私のおかげで、なんだかすごく自信がついて、今とても幸せ…。お客様の言葉が、すぐには頭に入ってこなくて、私はただ、はい、はい…とうなずくばかりでした。

電話を切ったあとも、すぐに次のコールを取らなくてはなりませんでした。

いつも通り、ばたばたと一日の業務は続き、チーフとは話せないままになってしまいました。

チーフから、ミーティングルームに呼び出されたのは終業後のこと。

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「よかったね、さっきのお客様。」チーフにそう言われて、ふと浮かんだ疑問を口にしました。「どうして私があの方を勧誘したってわかったんですか?」

私の会社のコールセンターでは、オペレーターの名前はお客様に告げていません。予約も取れなかったから、履歴はなかったはず。なのに、私だとわかったのが不思議でした。

「お客様のお話を聞いて、きっとあなただろうと思ったら。でも私の判断で電話を取り次ぐことはできないから、マネージャーに相談したの。」

あなたの勧誘の文句くらい把握してますよ、とチーフ。なんだか気恥ずかしくなって、私はうつむいてしまいました。

「さっき、言ったでしょう。こんな仕事なんか、誰でもできるって。でも、あなたが『こんな仕事』って言ってる仕事だって、私は誇りをもってやってますよ。他のスタッフだってそうでしょ、だから職場で『こんな仕事』なんて言わないでね。」

はっ、として、違う恥ずかしさが胸にこみ上げてきました…。私はなんて失礼な人間だったんだろう? さらにうつむくしかありません。

「でもあなた、いやだいやだって言いながら、ちゃんと成績上げているでしょ。やれてるって、自信持ってほしいけどな。」

私はマニュアル通りに業務を遂行しただけだけれど、その先には人間がいて、ちゃんと届いていた。「こんな仕事」でお客様を綺麗にすることができて、その結果、幸せにすることができた。そのことを思い知らされて、嬉しいはずなのに、胸が苦しくなってしまいました。

けれど、この日の出来事をきっかけにして、私の仕事への向き合い方は少し変わった気がしています。

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相変わらず、私はコールセンターで日々電話応対、モニタとにらめっこ。でも、定時で必ず上がれるメリットを活用できていなかったのに気づきました。

今は毎週仕事のあと、ネイリストの育成スクールに通っています。現場への人事異動を申し出てはいるけれど、希望通りになるかはわかりません。

もしあと1年勤めて、次の異動で配置換えがなかったら転職しようと思っています。文句ばっかり言っていても何も状況は変わらないから、自分が変わるしかありません。

少し気持ちが明るくなったせいでしょうか。オペレーターとしての評価成績が上がった、とチーフに聞かされました。職場で重宝がられるとますます異動しづらくなるので、ちょっと皮肉なものです。

でもそれも、履歴書にいいことが書けるなと、前向きに考えるようになりました。そのうち、今の仕事が好きになってしまうのかもしれません。それはそれでいいかな、とも今は思っています。

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