熊本の高校に突然現れた、自衛隊へのメッセージ 書かれた理由に心打たれる
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道路標識、縦読みすると… 1枚に「これは気付かなかった」「面白い看板」目的地の方向や距離、道路上の警戒情報などを視覚的に伝える、道路標識。普段から車を運転する人であれば、頻繁に目にするでしょう。なおき(@528_frs)さんがXに公開した道路標識の1枚に、5万件を超える『いいね』が寄せられています。
北海道のコンビニ 駐車場で撮影した1枚に「怖すぎるだろ…」「五度見したわ」北海道で男性が撮影した1枚。写った光景に道民以外が「ウソだろ…」
- 出典
- 西部方面隊ホームページ
2016年4月14日に熊本県を襲った、マグニチュード7.3の大地震。
前震や本震、断片的に続いた余震によって家屋が倒壊し、がけ崩れなどの自然災害が発生。多くの死傷者が生じました。
地震が起きてから、被災者は避難所に住み、支援物資を待つ生活を強いられていました。
熊本市東区にある東海大学付属熊本星翔高等学校も地震の被害を受け、学校再開の目途が立たない状況でした。
高校の校庭に、「自衛隊ありがとう」の巨大メッセージ
地震が起きてから2日後、東海大学付属熊本星翔高等学校にある野球部の専用球場に足を運んだのは、野球部のコーチをしている田部俊二さん。
「しばらく、野球はできない」
野球場に大きな破損はなかったものの、この状況では野球部を再開することはできないと田部さんは悟りました。
その時、田部さんに声をかけてきたのは、数年前に野球部を卒業し、現在は県外で野球を続けている大学生たちでした。
東海大学付属熊本星翔高等学校の専用球場
今回の地震を受け、実家や友人を心配して熊本に帰省してきた卒業生たち。母校の野球場が気になり、自然とこの場所に集まっていたといいます。
田部さんが「野球部の再開は当分できない」と告げると、残念そうな顔をしました。
「頑張ってくれている自衛隊の力になれたら…」
集まった人たちで地震の話をしていると、自衛隊の話題が上がりました。今回の地震を経験し、改めて自衛隊の存在の大きさを感じたのです。
「自分たちに、何かできることはないだろうか」
ふと、田部さんたちはそう思いました。
自衛隊の基地や空港、支援物資の集約場所が近いため、空を見上げると自衛隊のヘリコプターがひっきりなしに飛んでいます。
そして、田部さんたちはいいアイディアを思いついたのです。
「自衛隊の人たちに向けて、野球場にメッセージを書こう!」
出典:西部方面隊ホームページ
田部さんたちは自衛隊に向けて、野球場いっぱいに大きなメッセージを書きました。「自衛隊さんありがとう。がんばろう熊本」…と。
このメッセージはGoogleMapの航空写真にも偶然とらえられ、現在も見ることができます。このメッセージが発見されると、ネット上では「素敵な光景」「心が温まった」といった声が上がりました。
GoogleMap-東海大学付属熊本星翔高等学校・野球場
野球部コーチの田部さんにお話を伺いました
「自衛隊さんありがとう」と感謝の気持ちを野球場に書いた、東海大学付属熊本星翔高等学校の教員である田部俊二さん。
このメッセージを書いた当時の話を振り返っていただきました。
――とても大きなメッセージですが、どのようにしてメッセージを書いたのでしょうか。
上空からしっかり見えるようにしないといけないので、「グランドいっぱいに石灰を使おう」と私が許可しました。
野球場にグランド用の石灰があるので、棒などで一度練習用に引いた後に、石灰で上からなぞりました。よくできていたと思います。
――メッセージに対して、周囲からの反応は。
自衛隊の西部方面隊から連絡があり、「見ました。ありがとうございました」とお返事をいただきました。
――自衛隊の人たちへ、伝えたいことは?
「ありがとう」だけでは伝えきれないと思います。
おこがましいかもしれませんが、生徒たちと「自分が何かできることは、これくらいしかないよなー」といいながら、当時メッセージを書かせていただきました。
多数の余震が発生する中、身を削って被災者を助けてくれた自衛隊。田部さんたちの感謝の気持ちと「ありがとう」のメッセージは、きっと多くの自衛隊員に届いたことでしょう。
熊本地震からもうすぐ2年が経とうとしています。少しずつ震災前の熊本に近付いているものの、現在も『熊本市震災復興計画』にのっとり、復興を着実に進めている最中です。
熊本地震の復興支援は募金だけではなく、ふるさと納税をしたり、観光に行ったりすることでも力になることができます。
「がんばろう熊本」という言葉を日本全国の人が胸にして、一刻も早く被災地が元の日々に戻れるよう力を合わせていきたいですね。
平成28年熊本地震 震災復興支援サイト「かせするもん。」
[文・構成/grape編集部]