子どもに無関心で育児は母親任せだった父 数年後、残された金庫を開けてみると…【grape Award 2019 入賞作品】 By - grape編集部 公開:2019-12-09 更新:2020-02-10 grape Awardgrape Award 2019grape Award エッセイエッセイ Share Post LINE はてな コメント ※ 写真はイメージ grapeでは2019年にエッセイコンテスト『grape Award 2019』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。 今回はそんな心に響くエッセイの中から、タカラレーベン賞に選ばれた『父の遺言』をご紹介します。 父の遺言 五年前に父が亡くなった。母はとっくに亡くなっているため誰も住んでいない実家は処分することになった。 その日は兄弟三人で部屋の片付けをしていた。殆ど遺産を整理し終え、遺品もそれほどない。 「じゃあ、これで」 私が帰ろうとした時だった。 「あっ、これどうする?」 奥の部屋から弟の声がした。そこには父の金庫があった。亡くなる直前に父が購入したのは知っていた。しかし誰もその金庫の中身を知らなかった。 私たちはとりあえず金庫を開けることにした。だけど肝心の暗証番号がわからない。兄が「誕生日じゃないか」と言う。弟は「携帯電話の下4桁かな」と言う。 私は何も言えなかった。なぜなら金庫を父が買った時、「わかりやすい番号はダメよ。誕生日も電話番号もね」と釘を指してしまったからだ。 今思えば、余計なひとことだったかもしれない。もちろん、誕生日も電話番号でも開かなかった。そのあとも思いつく番号を試したけれど開かなかった。最後は力ずくでやろうとしたが開くはずもなかった。完全に私たちの手が止まった。仕方なく鍵屋を呼んで開けてもらうことにした。 作業中、何となく父の話をし始めた。父は本当に無口な人だった。何があっても表情ひとつ変えない仮面みたいな人だった。 「はじめて旦那を連れてきた時も、何も言わずにビール飲んでたよ」 「俺、赤点取ったって怒られなかったぜ」 「僕の野球だって見に来るわりには応援もしてなかったよ」 それぞれが父との思い出を話した。 「結婚式で号泣してたのは、お母さんだけだったなあ」 「勉強教えてくれたのも、お袋だもんな」 「裏庭でキャッチボールしたのも、母ちゃんだった」 次第に父が悪者みたいになっていった。子どもに無関心で育児は母親任せ。 「お袋、不憫だったよなあ」 兄のひと言に思わず弟と頷いた。きっと父のことだから「ありがとう」も「愛してる」もなかったに違いない。母のことなんて家政婦さんくらいにしか思ってなかったのだろう。 すると弟が、「夜中にさ、親父がここで背中向けてコソコソやってるのを見た」と言い出した。 「もしかしたら、大金でも隠してんじゃねえの?」 途端に弟は目の色を変えた。私もひそかに金庫の中に期待を寄せた。 その時ちょうど「カギ、開きましたよ」と業者が言った。弟は金庫の扉を開けるなり言葉を失った。 「なに、これ?」 そこにあったのはウェディングドレス姿の私の写真。兄の満点の算数のテスト。弟の117試合分のスコアノート。しかも打席ごとに『二塁打』や『三振』といったメモまであった。 「なんだよ。いい親父だったじゃねえか」 兄の目には光るものがあった。私もなんだか急に父が恋しくなってしまった。弟はあまりの衝撃にその場から動けなくなっていた。 たしかに父は無口だったかもしれない。けれど 父はいつだって一緒に泣いたり笑ったり喜んでくれていた。そんな気がした。 「それでは我々はこのへんで」 業者が気まずそうに帰ろうとした時だった。 「そういえば鍵の番号は何だったんですか?」 「えっと」業者は慌ててメモ用紙をポケットから取り出した。 「1122ですね」 えっ。私たちは思わず顔を見合わせた。まさか「いい夫婦」?あの父が? しんみりした空気が一気に笑いに包まれた。 帰り際、遺影の母がちょっと赤くなったように見えた。 grape Award 2019 タカラレーベン賞 タイトル:『父の遺言』 作者:見澤 富子 『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2019』 grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2019年には13歳から83歳までの幅広い年齢層から、567本ものエッセイが集まりました。 その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品が選ばれました。 入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。 grape Award 2019 『心に響く』エッセイコンテスト 入賞作品一覧 ラジオで受賞作品を、音楽とともに 2019年12月30日16時30分より、ラジオ番組『grape Award~心に響くエッセイ2019~』がニッポン放送でオンエアされました。 『grape Award 2019』の受賞作品を、人気アナウンサーが作品のイメージに合う音楽が流れる中、朗読。 また、ニッポン放送で番組放送中の清水ミチコさん、原田龍二さん、安東弘樹さんといった豪華なゲストが出演しました。 放送の様子はradikoから、お聴きください。 radkoで『grape Award~心に響くエッセイ2019~』を聴いてみる。 ※2020年1月6日までお聴きいただけます。 「目で読む」のとはまた違う感動が得られる『耳で聴くエッセイ』をぜひお楽しみください。 [構成/grape編集部] Share Post LINE はてな コメント
grapeでは2019年にエッセイコンテスト『grape Award 2019』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。
今回はそんな心に響くエッセイの中から、タカラレーベン賞に選ばれた『父の遺言』をご紹介します。
父の遺言
五年前に父が亡くなった。母はとっくに亡くなっているため誰も住んでいない実家は処分することになった。
その日は兄弟三人で部屋の片付けをしていた。殆ど遺産を整理し終え、遺品もそれほどない。
「じゃあ、これで」
私が帰ろうとした時だった。
「あっ、これどうする?」
奥の部屋から弟の声がした。そこには父の金庫があった。亡くなる直前に父が購入したのは知っていた。しかし誰もその金庫の中身を知らなかった。
私たちはとりあえず金庫を開けることにした。だけど肝心の暗証番号がわからない。兄が「誕生日じゃないか」と言う。弟は「携帯電話の下4桁かな」と言う。
私は何も言えなかった。なぜなら金庫を父が買った時、「わかりやすい番号はダメよ。誕生日も電話番号もね」と釘を指してしまったからだ。
今思えば、余計なひとことだったかもしれない。もちろん、誕生日も電話番号でも開かなかった。そのあとも思いつく番号を試したけれど開かなかった。最後は力ずくでやろうとしたが開くはずもなかった。完全に私たちの手が止まった。仕方なく鍵屋を呼んで開けてもらうことにした。
作業中、何となく父の話をし始めた。父は本当に無口な人だった。何があっても表情ひとつ変えない仮面みたいな人だった。
「はじめて旦那を連れてきた時も、何も言わずにビール飲んでたよ」
「俺、赤点取ったって怒られなかったぜ」
「僕の野球だって見に来るわりには応援もしてなかったよ」
それぞれが父との思い出を話した。
「結婚式で号泣してたのは、お母さんだけだったなあ」
「勉強教えてくれたのも、お袋だもんな」
「裏庭でキャッチボールしたのも、母ちゃんだった」
次第に父が悪者みたいになっていった。子どもに無関心で育児は母親任せ。
「お袋、不憫だったよなあ」
兄のひと言に思わず弟と頷いた。きっと父のことだから「ありがとう」も「愛してる」もなかったに違いない。母のことなんて家政婦さんくらいにしか思ってなかったのだろう。
すると弟が、「夜中にさ、親父がここで背中向けてコソコソやってるのを見た」と言い出した。
「もしかしたら、大金でも隠してんじゃねえの?」
途端に弟は目の色を変えた。私もひそかに金庫の中に期待を寄せた。
その時ちょうど「カギ、開きましたよ」と業者が言った。弟は金庫の扉を開けるなり言葉を失った。
「なに、これ?」
そこにあったのはウェディングドレス姿の私の写真。兄の満点の算数のテスト。弟の117試合分のスコアノート。しかも打席ごとに『二塁打』や『三振』といったメモまであった。
「なんだよ。いい親父だったじゃねえか」
兄の目には光るものがあった。私もなんだか急に父が恋しくなってしまった。弟はあまりの衝撃にその場から動けなくなっていた。
たしかに父は無口だったかもしれない。けれど 父はいつだって一緒に泣いたり笑ったり喜んでくれていた。そんな気がした。
「それでは我々はこのへんで」
業者が気まずそうに帰ろうとした時だった。
「そういえば鍵の番号は何だったんですか?」
「えっと」業者は慌ててメモ用紙をポケットから取り出した。
「1122ですね」
えっ。私たちは思わず顔を見合わせた。まさか「いい夫婦」?あの父が?
しんみりした空気が一気に笑いに包まれた。
帰り際、遺影の母がちょっと赤くなったように見えた。
grape Award 2019 タカラレーベン賞
タイトル:『父の遺言』
作者:見澤 富子
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2019』
grapeでは2017年よりエッセイコンテスト『grape Award』を開催しています。2019年には13歳から83歳までの幅広い年齢層から、567本ものエッセイが集まりました。
その中から最優秀賞・1作品、タカラレーベン賞・1作品、優秀賞・2作品が選ばれました。
入選したその他の作品は、こちらからご確認いただけます。
grape Award 2019 『心に響く』エッセイコンテスト 入賞作品一覧
ラジオで受賞作品を、音楽とともに
2019年12月30日16時30分より、ラジオ番組『grape Award~心に響くエッセイ2019~』がニッポン放送でオンエアされました。
『grape Award 2019』の受賞作品を、人気アナウンサーが作品のイメージに合う音楽が流れる中、朗読。
また、ニッポン放送で番組放送中の清水ミチコさん、原田龍二さん、安東弘樹さんといった豪華なゲストが出演しました。
放送の様子はradikoから、お聴きください。
radkoで『grape Award~心に響くエッセイ2019~』を聴いてみる。
※2020年1月6日までお聴きいただけます。
「目で読む」のとはまた違う感動が得られる『耳で聴くエッセイ』をぜひお楽しみください。
[構成/grape編集部]