気仙沼の民宿『つなかん』 震災から家を守った、一人の女性

「大丈夫よ!待ってるよ!」 受話器からは、そう明るく元気な声が聞こえた。

その声の持ち主は、気仙沼鮪立(しびたち)の民宿『つなかん』の女将、菅野一代さん。grape取材班が東日本大震災の取材プランを立てていたところ、気仙沼に『名物女将』がいるとの情報を得て、早速予約の電話をかけたのだ。

声や口調からもあふれ出るチャーミングな性格の女将。しかし震災前は違う人生を送ってきたという。あの日から5年、女将は震災をどう振り返るのか。

震災の傷跡、未だに

民宿『つなかん』がある鮪立は、宮城県北東部の唐桑(からくわ)半島に位置する。漁業が主な産業で、近海では牡蠣やワカメの養殖が行われ、マグロ漁などの遠洋漁業も盛んだ。

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鮪立港に係留する漁船

鮪立港の水面は平穏で、地域の住宅を破壊できるとは、とても感じられない。しかし海を背にすると、がれきや工事など、5年前の傷跡がまだ残っている。

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震災で変わる人生観

民宿『つなかん』の女将、菅野一代さんは、現在も漁業を営んでいる。岩手県久慈市出身の一代さんは、鮪立湾で牡蠣、帆立、わかめの養殖を営む漁師に嫁いだ。

結婚の決め手は「毎日大好きな牡蠣が食べれるから」だとか。「結婚は勢い。深いこと色々考えたら結婚できないよ」とレクチャーを受けた。

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そう明るく語る一代さんも、震災前は社交的ではなく、日々淡々と牡蠣の殻剥きなどをする毎日だったそうだ。しかし、2011年3月11日の大震災で、彼女の人生観は大きく変わった。

津波は全てを飲み込んだ

『つなかん』に到着して間もなく、女将は一つのアルバムを渡して見せてくれた。

そこには、一代さんが生きてきた町がわずかの時間で壊され、流されていく様子が写された写真が複数貼ってあった。

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この津波で、一代さんは大切な仲間を失い、仕事に欠かせない船やいかだ、牡蠣むきナイフさえも流された。3階建ての自宅も津波にさらされ、残ったのは柱と屋根のみ。一代さんは、牡蠣の養殖業を縮小し、自宅をも取り壊してしまおうと考えたそうだ。

しかし、その後に起きた出来事で、彼女の考えに変化が起きる。

震災に灯る希望の光…その正体は?

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