もうここまで分かっている! 研究者が教える『犬が考えていること』に目からウロコ
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1万5000年前から人間と暮らし始めたといわれる犬。人間と共生するように進化してきた犬は、『人間のもっともよき相棒』といわれることもあります。
犬を飼っている人は「犬と心が通じ合っている」と感じることがあるでしょう。
では、現在の科学ではどのくらい犬の気持ちについて解明されているのでしょうか。
日本における動物行動科学の分野で最先端の研究を行っている、東京農業大学の増田宏司教授に、犬の気持ちについて取材しました。
「犬の気持ち」はどこまで分かるのか
――犬がどんなことを思っているのか、犬の気持ちの研究はどこまで進んでいる?
2010年代になって、犬についての行動科学研究は飛躍的に進歩しました。
磁気共鳴画像、通称MRIを使って脳の働きを可視化できるようになり、犬は人の言葉を音でもイントネーションでも理解している、その理解の仕方が人間とそう変わらないということが分かりました。
実験は、MRIの中でもじっとしていられるように訓練された犬に協力してもらいました。
また、褒められて嬉しいという反応をする部位は、人間が嬉しい時に反応する部位と変わらないということも分かっています。
犬という動物は私たちが思っていた以上に、人間のことを理解していると分かってきました。
増田教授は、犬の理解度についてこのようなデータがあるといいます。
人間のことを理解しているという証拠に、犬は平均で人間の言葉を89個ぐらい覚えられるというデータがあります。また別の研究で、人間の言葉を1022個覚えたという記録もあります。
昔から2、3歳児ぐらいの知能だろうといわれていたのですが、それぐらいは訓練によってできるということが分かってきたのです。
※写真はイメージ
――犬は私たちが思ってる以上に人間を理解している?
動物福祉が叫ばれるようになったためか、ちょうど2000年ぐらいを境にほとんどの犬が家の中で飼われるようになりました。それがきっかけになったのか、年々犬を家族としてとらえる傾向が高まっています。
やっぱり家族の一員として考えるにふさわしい動物ですし、その能力も十分に備えている動物なんだということです。
犬は全身を使って気持ちを表現する!
――しっぽを振っているから喜んでいる、歯をむき出しているから怒っているという認識は合っている?
しっぽを振りながら攻撃してくる犬もいて、歯をむき出しにしながら服従する犬もいます。
飼い主に対面した時の犬はしっぽを右に大きく振り、威圧的な犬に出会った時は左向きに小さく振るということを、2007年にイタリアの研究チームが見つけました。(※)
※犬がしっぽを振っているのを動画で記録し、そのうちしっぽが最大に振れているフレームを計測したとのこと。
鼻の穴にも同じようなことがいえて、どんな匂いでもまず右の鼻の穴でかぎ始めて、好きな人の匂いや好きな物の匂いだと分かると、かぐ鼻の穴を左にシフトし、危ない匂いだと分かったらずっと右でかぎます(※)。これも同じイタリアのグループの研究によるものです。
※ビデオのスロー再生でも分からないほど微妙な違いとのこと。
歯をむき出していても『服従の笑顔』
――飼い主になぜか歯をむき出しにする犬もいるが…。
歯をむき出しにて、薄目になるといった態度を飼い主に見せる犬がいるのですが、これは『服従の笑顔』と呼ばれる犬のボディランゲージの1つです。
あまり多くはないのですが、『服従の笑顔』を見せる犬がいることは知られています。なんにせよ、それら全部はある程度、科学的なエビデンス、つまり証拠を積み上げて、動物行動科学者は判断していかなければなりません。
それで、どうにも攻めあぐねていた犬の脳を調べる方法が、2010年代からようやくできるようになってきたというわけです。
つらい時に寄り添ってくれる犬の気持ちは謎
――犬の気持ちついてまだ分からない『大きな謎』はある?
例えばこういう話があります。つらくて泣いていたら犬が寄り添い、慰めてくれたというような。
あれが本当に慰めてくれているのかというのはまだ分からないのです。そういう研究もあるのですが、『シンパシー(共感)』か『エンパシー(同感)』かという議論があります。
飼い主がつらい思いをしているので近くにいる(そして自分もつらい)、飼い主がつらいことを理解して慰めてくれている(自分がつらいわけではない)、この2つは分けて考えないといけません。
すなわち、犬がどうしてそのような行動を取ろうと思うのかが一番分かっていないのです。つまり、動物行動学的にいうと動機付けです。犬が「なぜそうしたいのか?」がまだ分からないのです。
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犬の気持ちはどうやって確認するのか
――「犬はこう思っているんだろうな」という人間の推測が当たっているかを確かめる方法は?
先ほど申し上げた、MRIを使った研究でそれを確認できるようになってきました。喜んでいる時に反応する脳の部位が活発だから「本当に喜んでいる」と分かるわけです。
それに付随して、なんらかの刺激を与えられた時に反応してくるホルモンがあります。その分泌量を測定して評価していくといったことが必要になります。
そのようにして「犬が思っていること」と「人間がこう思っているんだろうな」がイコールなのかを判別していくのです。
人間が推測する犬の気持ちは大体合っている!
――人間が「こう思っているだろうな」と推測する犬の気持ちは合っている?
「だいたい合っている」と考えて間違いないと思います。これまでの研究結果が「やっぱりそうだった」というものが多いので。
――飼い主は安心していい?
はい。それが1万5000年もの間、一緒に暮らしてこれた理由だと思います。もし人間が犬の気持ちをまったく推測できないのであれば、これほど長い間一緒にはいられなかったでしょう。
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――だいたい合っているのだとすれば、人間は犬の気持ちが読み取れることになる。逆に、なぜ人間は犬の気持ちが分かる?
ドッグトーレナーなどの専門家と飼い主が、いろいろな犬のその時の様子を見て、『どのような気持ちなのかを判断してみた』という研究結果も見たことがあります。
一部の行動を除いて、飼い主でもプロでも判断はそんなに変わらないという結果でした。
私たち動物行動科学の専門家としては、「犬について専門的に学んだことがないのに飼い主はなぜ間違えないんだろう」という疑問を持つわけです。その答えは、恐らく犬にあるのです。
――犬の側にあるとは?
私たち人間に分かりやすいように、しっぽの振り方や耳の傾き、口の開け方などを使ってコミュニケーションを取ってくれているのです。つまり、犬にとってそれだけ他者とのコミュニケーションが大切なんだということです。
実は、それが私が一番興味を持っているところなんですよ。人間はそれほど感情を大きく表すことはないでしょう。犬は嬉しい時も怒っている時も、多少の我慢はしますが、すごく正直に自分の状況を教えてくれます。
恐らく、それが他種動物であるにもかかわらず、人間と仲よくできることに大いに貢献しています。「これってどんな気持ちからきているんだろう」と思うのですよ。
増田教授は犬のコミュニケーション力について、このように語ります。
特に犬の飼い主に向けられる一生懸命な気持ちは、恐らく人間の言葉では表現できないのです。その一生懸命な気持ちをなんとか数字で科学的に証明することが、私のライフワークだと思っています。
「保護すべき対象だった犬から、今度は人が学ぶべきではないのか」とも考えます。仲よくする方法を犬が教えてくれていて、それを人がマネすることができれば、もしかしたら人間同士の戦争だってなくなるかもしれません。
猫は犬と同じような気持ちを持っているのか
※写真はイメージ
――一生懸命になってくれる犬という動物は稀有な存在?
犬のような気持ちを持っている動物はほかにいるかもしれませんが、同じような表現をしてくれる動物はほかにいないでしょう。
表現方法は違えども、同じような方向性を持って人間に対応してくれているのは、恐らく猫なのではないかと思います。
ただ、猫は気持ちをできるだけ表さない、最小限にするというところがあります。
うちの研究室で猫の研究もしているのですが、なかなか難しいのです。彼らは自分の気持ちを表現してくれませんから。
――なぜ猫は気持ちの表現を最小限にする?
よくいわれるのは、できるだけ敵に見つからないようにしているということです。警戒心の強い動物なので、できるだけ音も出さない状況を作っているんだろうというのですが、私はちょっと疑問に思っています。
――なぜ?
「多分、気持ちをできるだけ表現しないことが都合がいいからではないか」と思うのです。
寝る場所もトイレも人が用意してくれて、気分がいい時だけ甘えておねだりして、後は自分の世界。それで人間も自分もほっといてくれるし、という絶対的に許せてしまう、かわいらしい戦略的な仕草のように思えてならないです(笑)。
犬は愛するための生き物である
――人間と犬の関係は非常に特殊なものといえる?
インドで野良犬を対象にした研究が行われました。野良犬を対象にしたのは、飼い主さんとの関係による反応であることを除くためですが、実験の結果、犬はエサと同等かそれ以上、人になでられることが好きだということが分かりました。
野生動物なら、人間がいなくなるのを待ってエサが食べられるものかどうかを確認し、それからエサを食べるでしょう。しかし、野生動物に近いはずの野良犬は、エサと同じくらい人間になでられることを好むのです。
この研究をもとに考えれば、犬にとっての人間との関係というのは、生存のために必要なのはもちろんですが、人間と仲よくするのがもっとも大切だということです。
つまり「犬というのは愛するための生き物である」という考え方にいたらざるを得ません。そんなふうに思えてならないのです。
犬を褒めてあげるとよい!
――最後に、犬を飼っているみなさんにアドバイスを。
飼い主さんたちの前で講演を行うことが多いのですが、私はいつも同じことをいいます。
「困った犬のことで相談する人がいらっしゃいますが、その犬は24時間困った状態なんですか?」と聞きます。24時間かみ続ける、24時間吠え続けるという犬はいません。一部の悪い状態以外はどんな状態なんですかと。
いい状態というのを『いうことを聞いてくれた時だけ』と限定していませんか。悪くない状態をすべていい状態だと思えないでしょうか。
ただ寝ているだけ、くつろいでいるだけでもいい状態ではないですか。そこで質問です。「そこで褒めてますか?」。
何かこちらのいうことを聞いた時にだけ褒めるのではなくて、あなたが用意した環境で、あなたの犬がちゃんとくつろいでくれている。それはいい状態ではないですか。
その時に興奮させすぎない程度に褒めてあげればいいのです。それで犬の私たちに対する反応は劇的に変わりますよと。
悪い時以外はすべていい時。そう考えて、大げさでなくていいので褒めてあげてください。
「犬がこう思っているだろう」という人間の推測は、ほとんど正しいとのことなので、飼い主さんは安心してよいでしょう。
また、犬と人間の関係はとても特殊で、人間は「犬がこう思っているだろうな」と分かっており、犬も人間が思っている以上に人間を理解しているのです。
犬にとってはあなたはかけがえのない存在。あなたにとってもその犬は愛すべき対象です。どうかかわいがり、褒めてあげてくださいね。
【増田宏司】
『東京農業大学教授』農学部 動物科学科 教授。
2004年『東京大学』農学生命科学研究科 博士課程修了。
2006年『東京農業大学』農学部 バイオセラピー学科 講師、2012年同大学 農学部 バイオセラピー学科 准教授、2018年から現任。
論文に「Physiological Assessment of the Health and Welfare of Domestic Cats—An Exploration of Factors Affecting Urinary Cortisol and Oxytocin.(2022年)などがある。
[文/デジタル・コンテンツ・パブリッシング・構成/grape編集部]