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【『最愛』感想 最終話】記憶と幸福をめぐる物語・ネタバレあり

By - かな  公開:  更新:

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Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。

2021年秋スタートのテレビドラマ『最愛』(TBS系)の見どころを連載していきます。

かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。

人が人を好きになる物語と同じように、人が人を殺してしまう物語に私たちが夢中になってしまうのはなぜだろう。恋の話はハッピーだけれども、人が死ぬ傷ましくて悲しい物語にこんなに惹かれてしまうのはなぜだろう。

それはプライオリティ、人生の優先順位の究極の形だからなのだと思う。

人生に、他人の生命と引き換えてしまうほどの欲望、理由はあるか。人の死で始まるクライムサスペンスに見入る時、私たちは無意識にその答えを探しながら見つめている。

そして、それを覆い隠しながら生きていく人生に後悔はないのか。大きな秘密を抱えて生きる長いその苦しみは堪え難くはないのか。

『最愛』(TBS金曜日22時 主演・吉高由里子)は、その答えを見つめる物語だった。

連続ドラマとしてのサスペンスは、実は難しいカテゴリだと思う。

序盤から少しずつ提示される情報の連続性を含めて楽しむ以上、「面白そうだから途中からでもちょっと見てみよう」のハードルが他のカテゴリより上がる。

しかも皮肉なことに、サスペンスとして完成度が高い、丁寧な作品ほどに途中参入しづらく感じられる。つまり最初に掴んだ客をいかにこぼさず走るかがシビアに出る。

その意味で『最愛』は、最初に掴んだ客を最後までしっかり抱きしめて走り抜けた作品だと思う。

最終回まで見届けた今、事件の情報の提示、そのタイミング、そして最後の全容の開示まで無理なところが一つもなく、しかもそれらはラストの30分でまるで手品のように鮮やかに次々と明かされていた。

まさに手品のようだと脚本の手腕として唸ったのは、一度は渡辺昭殺しの被疑者となった朝宮優(高橋文哉)の被疑を晴らすために加瀬(井浦新)を奔走させたことで、犯人としてのフレームから外してみせた。

その上でもう一度、失くした赤いペンの一件で更に念入りにフレームから外して、私たちの目の前から『犯人としての加瀬賢一郎』の認識を消してみせた鮮やかさである。

15年前の渡辺康介(朝井大智)の死体遺棄についても、種明かしの後になってみれば加瀬と朝宮達雄(光石研)が知己であっても何らおかしくないと思えるのに、葬式にやってきた時の朴訥(ぼくとつ)とした印象ひとつで、私たちは加瀬賢一郎が朝宮家とそれまで関係のなかった人間だと自然と関係者のフレームから外してしまうのである。

大胆で鮮やかな仕掛けだった。

それぞれの登場人物の『最愛』を私たちは探りながら見ている中で、個人的には宮崎大輝(松下洸平)の真田梨央(吉高由里子)への真っ直ぐな愛情に比べて、加瀬のどこかぼんやりとした輪郭の愛情が不思議でならなかった。

家族というにも、パートナーというにも、性別も年齢もどこか超越して、暖かいけれども漠としてカテゴライズできない何かに見えた。

しかし15年前に加瀬が抱えた秘密を思うとき、彼自身、その愛情に置き場所は決められなくなり、まして名前はつけられなくなったのだと思う。

そんな、紗の一枚かかったようなデリケートな愛情とその帰結を、井浦新は余すことなく表現していた。

ラストシーン、寄附金詐欺について出頭すると梓(薬師丸ひろ子)に申し出る後藤(及川光博)が「秘密を抱えて生きる人生を受け入れるのは、難しいです」と、憑き物が落ちたような晴れやかな顔で語る。

逃走せずに罪を受け入れて償う方がきっと生きやすい。だが、愛する人たちの人生にこれ以上の傷を付けないために、自分の人生は捨てて逃げ続けると加瀬は決め、そして大輝もまた、愛する人たちのためにその決断を受容して梨央には何も語るまいと決める。

事件についてこれ以上語るまいということ、かつて元陸上部の長嶋(金井成大)に会いに行った時、知り合い相手に事件の情報を漁る刑事という仕事を「嫌な仕事だよな」と自嘲しつつ「向いてるよ」とある種の誇りを込めて迷いなく言った宮崎大輝という男が、愛する人の幸せにために引いたタフで太い一線に思いを馳せる。

覚えていること、忘れること、知ろうとすること、知ろうとしないこと。

『最愛』は極上のクライムサスペンスでありながら、同じくらい記憶と人生の幸福をめぐるヒューマンドラマでもあった。

脚本の絶妙な匙加減と、演出の細部までこだわった映像美と、俳優陣の熱演と、劇伴音楽のドラマチックさ。全てが精緻な歯車のように噛み合った美しい作品だったと思う。

毎シーズン、沢山の連続ドラマが作られる。楽しいもの、美しいもの、切ないもの、ハラハラするもの、それぞれに良さがある。

しかし、楽しかったけれども、「あれどんな話だったっけ」と数年あとになって記憶がぼんやりしてくる作品も多い。そういう優しい印象だけを残してくれるエンタメ作品もまた良いものだ。

けれども『最愛』はそういう作品ではない。見届けた人たちの、記憶の片隅に深く彫られた文字のように、どんなことが起きて、誰が守り、誰が犯人で、どんな切ない結末に至ったのか、ずっと忘れ難いドラマになる。

上質なレザーに刻まれた文字のように、金箔が色褪せても刻まれた文字は残るだろう。

宝石のような作品を作って下さった製作の皆様に、最終回を見届けて心から感謝と盛大な拍手を送りたい。素晴らしい時間でした。ありがとうございました。

最愛/TBS系で毎週金曜・夜10時~放送


[文・構成/grape編集部]

かな

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