「すごい」「やばい」で成り立つ会話 言葉が変化することで失っていくものとは
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
「すごくてやばい」言葉は進化する?
ある、開かずの踏切でのこと。私の後ろに大学生と思われる3、4人の女性のグループがいました。
上り下りの電車が同時に通過し、続いて上りの電車が通過、程なくして下り、そしてまた上りの電車が通過しました。
結構な轟音の中、女性たちの会話が聞こえてきました。
「すごい!すごいねー」
「ほんと、まじすごい」
「えー、すごい」
「すごくない? すごっ!」
「すごい、すごすぎる」
「やばいすごい」
踏切が開くまでの数分間「すごい」という言葉で成り立った会話が続きます。
同じように「やばい」という言葉でも会話が成り立つようです。電車の中で女子中学生たちが「やばい」だけで会話をしているのを聞いたことがあります。
「やばい」という言葉は、元々は江戸時代の泥棒の隠語です。牢屋の看守のことを『厄場』と言いました。悪党どもにとっては関わりたくない。
そこで悪さをしているときに見つかりそうになると「やば」と隠語で教え合っていたという説があります。
若い人たちが「まずい状況」のことを「やばい」と言い始め、すっかり世の中に定着しました。そしてそれは世代を超えて大人たちも言い始めました。
また意味は「まずい状況」のことだけではなく、「かわいい」「すごい」と肯定的な言葉へも守備範囲を広げました。いつか消えていく流行り言葉ではなく、すっかり定着した感があります。
言葉は時代によって変化します。それを止めることはできません。しかし、変化することで失っていくものがあるように思います。
例えば「はしたない」という言葉を最近聞かなくなりました。すると「はしたない」ことをする人が増えていきます。「はしたないこと」に対する意識がなくなっていくのです。
その言葉と共に、言葉にこめられていた精神性が失われていくのだと思います。
鹿児島県の『知覧特攻平和会館』には、家族や愛する人へ書いた隊員たちの手紙が展示されています。
とても美しい字で、残された人々への感謝と幸せを願う思いが綴られています。そこに泣き言も恨みもない。10代の後半から20代の若者の手紙に泣けると共に、その覚悟に深く感心します。
戦時下という異様な状況、それこそ、これほど「やばい」ことはない。特攻がいいとか悪いとかそんな問題ではなく、隊員たちの美しい手紙は、後世の人たちに平和の大切さを伝えているのだと思います。
美しく綴られた言葉だからこそ、なおのこと読んだ人の心に染み入るのです。
「すごい」「やばい」で会話が成り立つ。このような流れが進んでいくと、語彙力と思考力、想像力、表現力が確実に低下していきます。それは文化度、民度を下げることにつながっていくでしょう。
言葉は単に伝達手段、コミュニケーション手段だけでないことを、どうしたら次世代に伝えられるか。それは大人たちの課題であると考えます。
言葉の変遷。それを進化と呼べるかどうか。「すごい」「やばい」に広い意味を持たせ、それを使い分け、互いに理解し合えるというのは、ある意味「すごい」能力なのかもしれません……。
いのちを紡ぐ言葉たち かけがえのないこの世界で
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※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」