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太宰治が自殺前に残した作品『人間失格』 名優・仲代達矢の朗読が胸に迫る

By - grape編集部  公開:  更新:

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没後70年以上経っても人々から愛され続けている文豪・太宰治。1909年に青森県の大地主であった津島家に誕生した彼は、39歳で入水自殺をするまで『ヴィヨンの妻』『斜陽』『走れメロス』など数々の名作を残しました。

中でも、人生の苦悩が描かれた『人間失格』は幅広い年齢層から支持されています。『DEATH NOTE』や『ヒカルの碁』などで知られる漫画家・小畑健さんが表紙のイラストを手がけた『人間失格』が角川文庫から発売されると、たちまち若年層の心をとらえベストセラーに。

また、文豪を元にしたキャラクターたちが異能力で戦う『文豪ストレイドックス』に太宰治が登場したこともあり、改めて太宰治の作品を手に取る人が増加しました。

人気が高い『人間失格』ですが、「現代とは言葉遣いが異なるため読みにくい」という声も。親しみやすくなった一方、最後まで読めた人は決して多くはないようです。

そんな人にオススメなのが、「聴く本」として話題のオーディオブック配信サイト『[block]24[/block]。日本を代表する名優・仲代達矢さんの深い声で、『人間失格』の朗読を聴くことができます。

仲代達矢朗読 『人間失格』の言葉が重く胸に響く

『人間失格(上・下)』

著者:太宰治
出版社:新潮社
ナレーター:仲代達矢

仲代達矢さんが朗読する『人間失格』は上巻と下巻に分かれており、2つ合わせた再生時間は約2時間。

物語は、喫茶店のマダムから主人公・大庭葉蔵の手記と3枚の写真を渡された『私』が、葉蔵の奇妙さに惹かれて手記を読むところから始まります。

手記には、葉蔵の子ども時代から27歳までの間に起こった出来事や感じたことなどが、赤裸々につづられていました。

『人間失格』あらすじ

「恥の多い生涯を送って来ました」。そんな身もふたもない告白から男の手記は始まる。男は自分を偽り、人を欺き、取り返しようのない過ちを犯し、「失格」の判定を自らにくだす。でも、男が不在になると、彼を懐かしんで、ある女性は語るのだ。「とても素直で、よく気がきいて(中略)神様みたいないい子でした」と。人が人として、人と生きる意味を問う、太宰治、捨て身の問題作。

「人間の営みというものが未だに何も分かっていない」という葉蔵。社交的でありながら内向的な性格の葉蔵は、他人と自分との違いを感じ、不安に押し潰されそうになりながら生きていました。

太宰治の人生が色濃く反映された『人間失格』。太宰治の研究者やファンの中には、「小説であると同時に遺書である」ととらえている人もいます。

仲代達矢 文化勲章を受けた『無名塾』の設立者

『人間失格』のナレーターを務める仲代達矢さんは、映画界・演劇界で長年活躍し、国内外から数々の賞を獲得している俳優です。

仲代達矢さんは第二次大戦下に過酷な幼少期を過ごした後、映画や芝居の世界に憧れ俳優座付属の養成所に入所。映画界に見出された後は、黒澤明監督のほか、多くの名監督から実力を認められる俳優になりました。

アカデミー賞、カンヌ・ヴェネツィア・ベルリンで行われる世界三大映画祭の全てで出演映画が受賞。映画界のみならず舞台でも活躍し、2007年には多くの功績が評価されて文化功労者を受賞するまでに。また、2015年には年文化勲章受章も受賞しています。

最近では、『犬神家の一族』の犬神佐兵衛役や『座頭市 THE LAST』の天道役、『人類資金』の笹倉暢彦役や『海辺のリア』桑畑吉兆役などで映画に出演し、その存在感を示しました。

亡き妻・宮崎恭子さんと共に設立した、役者の卵を育てる『無名塾』の知名度も高く、役所広司さんや滝藤賢一さんなどの実力派俳優を数多く輩出しています。

日本が誇る俳優・仲代達矢さんであれば、『人間失格』に描かれた葉蔵の心情をとらえ、表現することができるでしょう。

太宰治 津軽に生まれた6男の悲しき人生

1909年6月19日、現在の青森県五所川原市金木町に当たる北津軽郡金木村に生まれた太宰治(本名:津島修治)。彼は、なぜ『人間失格』を書いたのでしょうか。

太宰治が誕生した財産家・津島家の豪邸は、こちら。現在、太宰治記念館『斜陽館』として保存されています。

『斜陽館』の2階には『金襖の間』が。津島家がどれほど裕福だったのかが見て取れますね。

ゆとりのある家に生まれながら、太宰治が自殺未遂を繰り返したのには「幼少期に親の愛情を十分に受けることができなかったこと」が関係しているのかもしれません。

太宰治は、父親・津島源右衛門と母親・タ子の間に第10子の6男として誕生。母親が病弱なうえ、政治家の父親と共に出かけていることが多かったため、代わりに乳母や叔母のきゑ、女中の近村タケなどに育てられました。

母親から直接愛情を注がれることが少なく、また父親を恐れていた太宰治は、タケに母親代わりの愛情を求めます。しかし、同居していたきゑが分家されて引っ越すことになり、タケも付いて行くことに。

太宰治も慕っていたタケに付いて行ったのですが、尋常小学校入学を機に家に戻されてしまいました。さびしさが募る一方、尋常小学校では才能を発揮。優秀な成績を収め、卒業するまで首席だったそうです。

その後、高等小学校を経て中学校へ入学。茶目っ気があったため、クラスの人気者になっていました。この時から同人誌で作品を発表し始め、高校でも作品を発表していました。

しかし、20歳の時に『カルモチン』の名前で販売されていたブロムワレリル尿素を使って芸者と心中未遂を起こしたのに端を発し、自殺に取りつかれていきます。

青春時代に、心酔していた芥川龍之介の睡眠薬自殺があったことも少なからず影響しているのでしょう。それでも、根本的な原因は「両親から愛されている実感が足りなかったことだ」と多くの太宰治ファンが推測しています。

『人間失格』には葉蔵が父親の反応を異様に恐れる様子が描かれていますが、自伝的な小説『津軽』にも「私は此の父を恐れてゐた(私はこの父を恐れていた)」との記述が。

道化を演じ、家の中でも気が休まらなかった『人間失格』の葉蔵と太宰治が重なって見えます。

東京の三鷹に引っ越し『人間失格』と『第三の手記』、『グッド・バイ』の執筆をした太宰治は、女性と共に玉川上水に入水。39歳で人生の幕を閉じました。

「太宰治が入水自殺を図った」といわれている場所には、『玉鹿石(ぎょっかせき)』と呼ばれる石が設置されています。

太宰治の死は悲劇的でしたが、彼は短い生涯の中で2人の娘と1人の息子をもうけていました。次女である津島佑子さんは遺志を継ぐかのように作家になり、『寵児』『光の領分』『黙市』などの作品を書いて多数の賞を受賞しています。

太宰治 いまなお愛され続ける文豪

「太宰治の作風は、暗いものだ」と思っている人は多いようです。しかし、結婚をして精神が安定していた時には、『走れメロス』や『富嶽百景』などの作品を世に出していました。

また、ファンの女性から送られてきた日記を元に描いた、みずみずしい『女生徒』という作品も。幅広い作品で、多くの人の心をとらえています。

ですが、やはり人々の心に深く刺さるのは『人間失格』でしょう。太宰治の人生に想いをはせ、また自分自身と照らし合わせながら、仲代達矢さん朗読のオーディオブック『人間失格』をぜひ聴いてみてください。


[文・構成/grape編集部]

出典
audiobook.jpオーディオブック『人間失格(上)』オーディオブック『人間失格(下)』太宰ミュージアム公式サイト無名塾太宰治のふるさと 太宰ミュージアム内閣府海辺のリア

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