年を重ねていくうちに狭くなっていく自由の幅を、心身ともに広げていく
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
折り合いと葛藤とコーヒーのシミと
躓いて、リビングの絨毯にコーヒーを「ぶちまけ」ました。ピアノの椅子の縁におでこをぶつけ、(これが大変なことになったら)と一瞬不安になる。
切れてないだろうか、気を失ったら大変とか、脳の内側に血腫でもできたらとか、起こりうるあらゆる不幸な出来事が頭を過ぎる。
しかし、カップが落下した周辺の大きなシミから、線状に、それは先端向かって細くなり、最後は句点のようになったシミを見て、おでこをぶつけたことなど吹き飛んでしまいました。
そろそろ絨毯を張り替えようかと思っていたところ、これは決定打になる。でも、なんとかせねば。左手で保冷剤をおでこにあて、右手でコーヒーのシミを拭き取ること1時間近く。
何とか『惨劇』の痕跡は薄めることはできたものの、ちょっと考え込んでしまいました。
年を重ねていくとは、これまでできなかったこと、なかったことが起こるということに気づいたのは10代の最後の頃だったと思います。
前向きな意味で、年と重ねる……大人になるということは、自由になることだと感じていました。その自由に伴う責任はありますが、それはささやかなことにでもチャレンジする行動力になりました。
これまでの人生の中で多くの景色を楽しんだり悩んだりしたことも受け入れてきて、今に至ります。
いつの頃からか、これまでなかったようなことが起こり、また、(え?)と思うようなことをしでかすようになりました。白髪が出てきたり、シワが増えたり、身体的なことはもちろん、人やものの名前が出なくなったり。
先日は段ボールを縛ろうと紐を持ち、あ、ハサミも……と引き出しを開けたところで、もうハサミを持っていることに気づく。
怖くないですか?いつハサミを手に取ったのか記憶にない。躓くような場所でないところに躓くのも、年を重ねて起こることではないかと思うわけです。
嘆いたところで、悲観したところで、こればかりはどうにもならない。十分に気をつけることは当然のこととして、私は「新しい扉が開いた」と、おもしろがる余裕を持とうと思うのです。
これまで新しい自分に出会ってきたのだから、この先も新しい自分に出会っていくのでしょう。おおらかな気持ちで折り合いをつけながら、できたら緩やかなペースで「大人になって」いけたらいいと。
いつかこの『折り合い』は葛藤になっていくのでしょうか。身体の自由が効かなくなり、誰かの手を借りなければならなくなったとき、葛藤せずに私は『折り合い』をつけていけるか。
92歳の父の楽しみは、週に一度、ご近所の小料理屋さんに行くこと。馴染みのお客さんと話をし、誰の手も借りずにいられる自分でいられることを味わいたい、と言います。
そうやって、父は葛藤と折り合いをつけているのかもしれません。
毎日を創造的に。年を重ねていくうちに狭くなっていく自由の幅を、心身ともに広げていく。
うっすらと残ったコーヒーのシミを見ながら、この瞬間がこれからの自分の時間につながっているのだと気を引き締めるのでした。
いのちを紡ぐ言葉たち かけがえのないこの世界で
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※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」