長い人生の中の「ふと〜」と思った瞬間からつながる場所に、物語がある
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
『ふとした瞬間』に『自分』を感じる
花の香りは、黄昏から夜に立ってくるのでしょうか。夜に閉ざされることで、嗅覚が敏感になるのか。
少し街が静かになり、夜が降りてくる頃、ふわりと金木犀の香りが。金木犀の香りに、人々は本格的な秋の訪れを感じます。
小さな花のひとつ一つから、あの微かに甘く、どこかエキゾティックな香りが立ち上る。
香りは目に見えませんが、小さな花がそうっと開くと同時に香りが霧のように放たれるような。風に溶け込み、空気に溶け込み、消えていく。
どこへ行ってしまうのでしょうか。もしかしたら、香りは、感じた人それぞれの心の中に入っていくのかもしれません。
目にするもの、香り、手触り、音、味覚。五感を通して感じたものが記憶に結びついたり、胸のあたりが熱くなったりすることがあります。
それは、心の奥の弦を弾くような、そんな感覚です。「ふと思い出す」「ふと涙が出る」「ふと悲しくなる」といった、予期しない、脈絡もなく起こる「ふと〜」という様。
自分でもなぜそうなるのかわからないこの「ふと〜」という心の動きは、とても大切なものです。
その心の動きこそ、その人の感受性であり、感性となり、人生という物語を語るのではないかと。
私たちは、実に忙しい現実の日々を送っています。世界の情勢も予断を許さない。
時間に追われるように過ごしている生活の中のエアポケットのようなこの「ふと〜」という瞬間は、私たちを大切な場所につなぎとめてくれるような感があるのです。
論理性もない、何の根拠があるわけでもない、「ふと」何かを思い出し、「ふと」感情が動くという『現象』は、それぞれの人生の物語の『どこか』『何か』に紐づいているものです。
それが悲しみであろうと、懐かしさであろうと、理由など分からなくても、自分の物語を思い出させる小さなトリガーとなる。
そこで心の中で思いをめぐらせるのは、感性を育む素敵な時間です。『自分』を感じる瞬間なのです。
少し大袈裟な言い方になりますが、人生は現実目標を達成するためにあるわけではない、と私は考えます。
現実の生活を通して、目に見えない心を成長させていく。生きるということは、いくつもの体験を重ねながら、自分という物語を紡いでいく。
長い人生の中の「ふと〜」と思った瞬間からつながる場所に、物語がある。金木犀の香りにふと思い出した遠い秋の日にも。
そんな物語を味わうこと、ささやかでも豊かな時間になるのです。
※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」