【『不適切にもほどがある!』感想 初回】宮藤官九郎は決して守りに入らない
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SNSを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。
2024年1月スタートのテレビドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS系)の見どころを連載していきます。
かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。
おそらく全国あちこちで、2024年1月26日の22時10分あたり、「昭和生まれの中年がメンタル瀕死になっていたのではないか」と思う。
「こんなに野蛮な時代だったか?」「こんなにひどい日常だったか?」と思っただろう。
だが記憶をぼんやりと辿るに、ドラマとして詰め込んではいたけれど、全部確かに現実にあったことだった。
配慮のない会話も、職場で女性の容姿をからかうのも、教育現場での暴力も、残念なほどに全部あった。
少しでも品質の良いカセットテープで音楽を録音しようと必死だった。大体、安売りのテープが『のびて』音が悪くなった時の悲しみといったら、非常に切ないものだった。ついうっかりそんなことまで思い出してしまった。
そんな人生に疲弊した中年の心をこてんぱんにする怪作『不適切にもほどがある!』(TBS系金曜日22時)。
脚本は、四半世紀近くこの国のエンタテインメントの辺境を開拓してきた宮藤官九郎である。
始まりは1986年(昭和61年)、主人公は中学の体育教師で、妻と死別後ひとりで娘を育ててきた小川市郎(阿部サダヲ)。昭和の体育教師という設定を裏切ることなく、周囲への言動は粗雑かつ生徒への指導はスパルタである。
その小川市郎が、突如2024年へとタイムスリップしてしまう。
現代に張り巡らされたコンプライアンスと配慮の網をことごとくぶち破り、小川の言動はあちこちで騒動を巻き起こす。
一方、同時にひと組の親子が逆に2024年から1986年にタイムスリップしてきていた。
社会学者の向坂サカエ(吉田羊)と、その息子の中学生のキヨシ(坂元愛登)である。
キヨシは小川の娘・純子(河合優実)に一目惚れしてしまい、未来への帰還を拒む。
果たして小川は元の時代に戻れるのか、そして向坂親子はどうやって過去にやってきたのか。抱腹絶倒のジェネレーションギャップドラマが始まる。
近年、宮藤官九郎は『得体の知れないもの』や『閉じられたもの』に向き合って、それらを見つめるように作品を描いてきた。
テレビドラマ『ゆとりですがなにか』(2016年 日本テレビ系)では、ゆとり世代とひとくくりにされる世代の複雑さと苦悩を、『監獄のお姫さま』(2017年 TBS系)では怒れる女たちの痛みと連帯を、『俺の家の話』(2021年 TBS系)では老親の介護という悲しみと困難を。
そして今作で宮藤官九郎が掴もうとしているのは、コミュニケーションにおける配慮という、目に見えない『空気』である。
それは人と人の間に必要不可欠だけれども、無さすぎれば関係を壊し、有りすぎれば対話を硬直化して錆びつかせる。
その、安易に言語化できないものをエンタテインメントとして描きだすために、粗忽(そこつ)さすらも魅力に変えてみせる阿部サダヲの存在は必須である。
唯一無二の身体表現で鬱陶しい昭和の中年男に一匙ぶんのかわいげを加味している。
居酒屋の一幕、配膳ロボットが延々と炙りシメサバを運ぶ。
タッチパネルの誤入力がそのままノーチェックで通ってしまう不条理、さらにロボットが運んだ後で炙りにくるのはアルバイトという、不条理に不条理をたたみかける展開は、宮藤官九郎らしい怒濤の笑いと毒に満ちていて素晴らしかった。
さらにクライマックスのミュージカル仕立てのシーンに仰天しつつ、『木更津キャッツアイ』(2002年 TBS系)で、時間を逆戻りさせて再度見せる展開に驚いたことを思い出した。
他にも篠原涼子を古田新太に変身させてしまう『ぼくの魔法使い』(2003年 日本テレビ系)といった「ありなの?」を「面白い!」に昇華させてきたその剛腕で、このミュージカルのシーンも見せ場に磨き上げていくのだろう。
そして1986年と2024年を繋ぐゲートを守るのが、40年の芸能人としてのキャリアを信念を持って走り続け、宮藤官九郎作品でも数々の重要な役柄を演じてきた小泉今日子のポスターだというのが、何ともエモい。
それにしても、なぜ中学生のキヨシは尾美としのりの名前どころか、生年月日まで知っていたのだろう。
昭和のムッチ先輩(磯村勇斗)とそっくりな令和の秋津(磯村勇斗)の関係、小川の娘・純子は令和でどうしているのか、向坂親子はどんな経緯で過去にやってきたのか、そして喫茶『すきゃんだる』に居たシングルマザー(仲里依紗)は何者なのか。
何せ物語が進むにつれて点と点が線になり、線と線が面になり、面が立体になる宮藤官九郎のドラマである。
これから春まで、昭和パートに悶えつつ、令和になっても決して守りに入らない、名手が描く物語の妙に唸る週末になりそうである。
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[文・構成/grape編集部]
かな
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