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【『ファーストペンギン!』感想7話】やせ我慢でも踏んばるんだ!・ネタバレあり

By - かな  公開:  更新:

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Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。

2022年10月スタートのテレビドラマ『ファーストペンギン!』(日本テレビ系)の見どころを連載していきます。

かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。

人生で何か新しいことを始める時の労力は、それ自体は大変だけれども、重いものを力を込めてゆっくり転がすようで、試行錯誤の余地はある。

しかし、それが上手く回りはじめて押す力が要らなくなった時、楽になる一方で思ってもないスピードで走り出す。

急に転がりだしたそれが悪目立ちしてしまったり、途中にある何かを跳ね飛ばしたりするし、スピードの分、一手打つ手が遅いと手遅れになる。

主人公・岩崎和佳(奈緒)が率いる『さんし船団丸』は、立ち上げの時期を過ぎて、いよいよそんな時期に来ているんだなと7話を見ながら思った。

食い詰めたシングルマザーの和佳が一人息子を連れてやってきたのは、かつては水産業でにぎわった山口県のとある漁港、汐ヶ崎。

今は漁獲量も減り魚の値段も上がらず、浜は不景気に寂れていく一方だ。

そんな浜の未来を憂う中年の漁師・片岡洋(堤真一)は、和佳に浜を立て直せる事業を考えてほしいと依頼する。

水産どころか魚の種類の知識もおぼつかない和佳が考えついたのは、従来の流通ルートを省き、消費者に新鮮な魚を直接届けるという至極単純なビジネスモデルだった。

しかし、漁協を通さずに魚を売るというそのシンプルなアイデアは、水産業という保守的な業界に大きな波風を立てることになる。

最初は地元漁協の圧力、次は同業漁師たちの嫉妬からくる村八分と、トラブルを何度も跳ね返してきたさんし船団丸だったが、今度は『地元の有力者の元議員』に目をつけられてしまう。

その元議員・辰海を演じるのは泉谷しげる。昭和生まれ世代にとっては反骨のアイコンのような存在だが、今回は見事に老獪な保守政治家役にハマっている。

長年政治家でいたということは、人心の陣取り合戦の機微に通じていることである。その狡猾さで辰海は船団丸の内部に人を送り込み、トラブルが起きるように仕向ける。

折しも頼りの永沢(鈴木伸之)が退職し、売り上げも右肩上がりで人手不足のさんし船団丸は、就職を希望してきた三人の若者を迎え入れた。

しかし、若い世代と長年漁師として浜で生きていた漁師たちの価値観の差はなかなか埋まらない。

片岡が現場で板挟みになって苦慮するうちに、漁の最中に本来ありえない事故が起き、漁船はあわや転覆の危機に直面する。

漁師の魂ともいうべき網の破損と引き換えに転覆を免れるが、それでも新入りを庇う片岡に愛想を尽かした漁師達は、片岡と新入りの小森だけを残して去ってしまうのだった。

これまでは浜の中で何が起きているのかを丁寧に描いてきたが、終盤にさしかかる今回、この国の水産の苦しい現状と、その中で和佳たちのお魚ボックス事業がどんな立ち位置にあるのかが、徐々に広く目線を広げつつ分かりやすく描かれている。

そもそもこのドラマは、実話を元に作られている。

実在モデルの坪内知佳さんの半生記を読めば、ある程度ドラマとして作られた部分はあるものの、ほぼ物語の骨組みはそのままである(いや、ドラマも恐れ入るくらい次から次にいろんなことが起こります。のけぞる面白さなのでこちらもおすすめします)。

つくづく実話もドラマも、最初は水産の素人で組織がかりでない、一人の女性が淡々と始めたからこそ偉大なる『蟻の一穴』たり得たのだろうと思う。

最初の一歩が未来への希望と社会的使命に後押しされて『回り始めた』時に、成長痛のように軋みが生じる。

そんな中、物語の当初はとかく事なかれ主義で逃げ腰だった片岡が、新入りの育成を含めて現場で懸命にリーダーであろうとする姿に胸が熱くなった。

浜でさんし船団丸が村八分にされて悩む時に、和佳は社長として苦しさを隠して「だから何とかするって!」と言い切ろうとする。

片岡もまた、同じように船の転覆の危機に矢継ぎ早に指示を出しながら「何とかするけえ」と絶叫する。

苦難の時に人はその地金が出る。良いバディなんだな、と思う。

疑念と怒りで分解してしまった、さんし船団丸はこの先どうなってしまうのか。

このドラマ、ストーリーとしては中々に苦難のパートが長いし、しかも生々しい。

しかしご都合主義的に勧善懲悪ですっきり解決しないのは、これが実話をモデルにした物語だからではないかと思っている。

そこで現実に苦闘しながら前に進んだ人たちを思えば、物語の面白さとのバランスを取りつつも、簡単に甘い解決にたどり着かないことは、敬意だろうと思うのだ。


[文・構成/grape編集部]

かな

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