40年の作詞人生を振り返る 作詞家が綴る丁寧に生きるための方法
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
「これまで」と「これから」の歩き方
作詞家としてデビューして40年。ひとことで40年と言っても、その年に生まれた赤ちゃんが40歳になっているという……あたりまえのことなのですが、改めて考えてみると思わず果てしない気持ちになってしまいます。
デビューした80年代は活気ある時代でした。
アイドルは3ヶ月に1枚シングルレコードを発売し、半年に2枚のアルバム、少なくとも年に1枚は必ずリリースしていました。
多くのアイドル、ポップス系のアーティストがデビューし、音楽業界は活気がありました。
当時、住んでいた都心のマンションの小さな部屋で、昼の部、夜の部と1日に2曲書く日も結構ありました。
私も20代でしたから、エネルギーがありました。
90年代に入りバブル景気が終焉を迎えると、そんな熱は一気に冷めていきました。
ラブソングよりも、エールを送る応援歌のような歌が求められるようになり、歌から「物語」が少なくなっていきました。
渡辺美里の『My Revolution』のヒットが、ラブソングから応援歌へスイッチしていった転機だったと思います。これはあくまで私の肌感ですが。
歌詞も書いていましたが、この頃からエッセイや小説を書くようになり、仕事の幅は広がりました。
その一方で、何を目的に生きていけばいいのかわからなくなったのもこの頃で、トンネルに入り込んでしまった、それが30代。
40代は子育てと仕事で嵐のように過ぎて、あまり記憶がないのです。
『Jupiter』を書いたのもこの頃でした。
いろんなこと、語り尽くせないほどいろいろな出来事があったのに、時は嵐のように過ぎていきました。
最近、人生には「歩き方」があるとつくづく思います。
「生き方」という大きなものではなく、日々意識できる「歩み」とでもいうのでしょうか。
40年が瞬く間に過ぎていったように、これからの時間もあっという間に過ぎていくのでしょうか。
「これまで」と「これから」。
「これまで」の時間への感謝。
「これから」の時間の尊さ。
これまでと同じようには生きられない。限られた時間がどのくらいなのか、神様しか知りません。
日々を、この瞬間瞬間を丁寧に。ちゃんと意識しながら過ごすこと。
そのために「記録」する。日記のように思ったこと、出来事を記す。写真に撮る。
その時自分が何をして、何を感じ、思ったかを記録するのです。
大切なものを抱きしめるように、与えられた1日、1日を過ごしていこう。
40周年を機に、気持ちを新たにしたのでした。
いのちを紡ぐ言葉たち かけがえのないこの世界で
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※記事中の写真はすべてイメージ
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」