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親密さとせつなさを併せ持つ『差し向かい』のしあわせ

By - 吉元 由美  公開:  更新:

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吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

差し向かいのしあわせ

ふと『差し向かい』という言葉が浮かび、辞書を引きました。『差し向かい』とは、『二人が向かい合うこと』の意味ですが、この二人というのは、男と女のことだと初めて知りました。

そう言えば、私が短編小説などでこの言葉を使うときも、男と女の距離感や心の揺れを表す場面で、よく『二人』を差し向かいに座らせたものでした。『差し向かい』という言葉の響きに、親密な空気を感じていたのだと思います。それが、言葉の持つ温度なのですね。

片岡義男の短編小説の『さしむかい ラブソング』。生活感のない、乾いた文章にもかかわらず、差し向かいに座る男と女の、感情を排した会話は、読み終わったときにじわじわと胸に響いたものでした。

それは『差し向かい』という言葉から、二人の距離感、どうしようもない『何か』が響いてくるからなのかもしれません。特別に美しい言葉ではないのに、『差し向かい』という言葉は、親密さとせつなさを併せ持っているような感じがあります。

男と女が差し向かいでどんな会話をするのが素敵でしょうか?せっかく差し向かいで話すのなら、会社や家族の愚痴などは避けたい。政治的な話も避けたい。差し向かいという距離感…、体が触れ合っているわけではないけれど、温もりに触れられそうな距離。

イメージとしてはテーブルの上ですっと手を伸ばしたところに相手の手がある。それぞれの肘から指先までの長さを合わせたくらいの幅で向かい合っている…そんなイメージです。テーブルの上でそっと手を重ね合わせて会話をしている二人を海外のレストランなどで見かけます。さりげなく温もりを伝え合えるのは素敵です。

『ビフォア・サンライズ』『ビフォア・サンセット』そして『ビフォア・ミッドナイト』という映画は、まさに『差し向かい』の距離を味わえる物語です。

パリ行きの列車の中で偶然知り合った男女、ジェシーとセリーヌが、途中駅のウィーンで降りて一晩を過ごす。と言っても、哲学的な会話をしながら、一晩中ウィーンを歩き回るのです。知り合ったばかりの二人がお互いの意見を交わし合う。例えば、ジェシーがウィーンで降りないかと誘う台詞もしびれます。

「これは未来から現在へのタイムトラベル、若い頃失ったかも知れない何かを探す旅。君は『何も失っていない自分』を発見、僕はやっぱり退屈な男だった。君は結局その夫に満足する」

一晩一緒にいるうちに、心が近づいていきます。そして差し向かいで座ったときに、朝になったらウィーン駅で別れなければならない、言葉にならないそのせつなさが伝わってくるのです。

時には『差し向かい』のしあわせを。誰と向き合って、どんな話をするのか。そんな時間は、心にじわりと沁みる忙しい日々の滋味となるでしょう。

※記事中の写真はすべてイメージ

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[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
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