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【『初恋の悪魔』感想7話】ひとさじの想い出を抱いて・ネタバレあり

By - かな  公開:  更新:

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Twitterを中心に注目ドラマの感想を独自の視点でつづり人気を博している、かな(@kanadorama)さん。

2022年7月スタートのテレビドラマ『初恋の悪魔』(日本テレビ系)の見どころを連載していきます。

かなさんがこれまでに書いたコラムは、こちらから読めます。

時々、いくつも同時進行するSNS上の自分に疲弊する。

トラブルが起きたらもちろんだし、トラブルがなくても理由のない倦怠感に襲われる。

「もうこれ終わりにしたらどうなのかな、アカウントごと消して寂しくはなるだろうけど少しは救われる部分だってあるんじゃないかしら」

ほとんどの人がおそらく、多少なりともそんな誘惑にかられたことがあると思う。

アカウントごと消したら、それまでネットの空間にいた私の分身は、言葉のかけらは、声の切れ端は、どこに沈んでいくだろうと漠然と思う。

その断片の中に『本当の自分』はどのくらい含まれているのだろう。社会と自分の境界線は案外脆くて複雑だ。

何が『本当の自分』か。それを決めるのは投稿か思い出の数か、あるいはそこで生きるための執着か。

2つの人格を彷徨う摘木星砂(松岡茉優)の手紙に、そんなことを考えていた。

休職があけた変わり者の捜査一課の刑事・鹿浜鈴之介(林遣都)、穏和だが自己主張できない警察署の総務担当・馬淵悠日(仲野太賀)、優しいが目ざとくてちょっと面倒くさい経理担当の小鳥琉夏(柄本佑)、そして二重人格で2つの生活を彷徨う生活安全課の刑事・摘木星砂。

組織からはみ出している4人は『自宅捜査会議』と称して、勝手に捜査一課の事件を推理するうちに、やがて5年前に起きた少年殺人事件にたどり着く。

更にその事件は、悠日の兄で刑事だった馬淵朝陽(毎熊克哉)の3年前の殉職事故に加え、もう1人の星砂の恩人・淡野リサ(満島ひかり)が犯人として逮捕された殺人事件と一本の線で繋がっていた。

そして今、更なる類似の殺人事件が発生し、過去と同様に不自然なほど証拠が揃いすぎている容疑者が浮かび上がる。

このドラマの中で、主要部署の捜査一課は、権力と治安であり、社会の多数派を現すものとして描かれる。

彼らは少しでも早く順当な落とし所を見つけ、そこに向けて効率よく事件を解決しようとするため、時折こぼれ落ちている、自分たちの仮説に相反する真実の欠片は見てみないふりをする。

今回の殺人事件の容疑者は殺された青年の恋人だが、おそらく社会一般的に見てあざとすぎて無言のまま反感を買うタイプの女性である。

見ていて薄ら寒くなるのは、容疑者の彼女にとっては無実になるかどうかの重要なアリバイを、容疑者の知人や店員が自分たちの不都合(未成年への飲酒を容認したという)を隠蔽するために迷わず黙殺する部分である。

それを小鳥は「罪と罰が釣り合わないでしょ。嫌われるとは恐ろしかね」とあきれたように呟く。

自分たちの価値観では好ましくない人間にも同じように生身の人生があって、その人生が軽いはずなどないのに、とても容易く人はそれを失念する。

そんな社会の薄情さと、効率よく治安を保とうする権力が同調するとき、滑り落ちるように冤罪が起きて本当の犯人は見逃される。

事件はドラマの中のことだけれども、私たちはその無責任さを薄めたものを日々どこかしらで見ている。

そんな社会の『凡庸な悪』を、坂元裕二はそっと極上のエンターテイメントに差し込んでくる。

今回、悠日は星砂の小さな仕草ひとつから、恋人だった星砂を諦めきれない想いがあふれ出て、激しい言葉でもう1人の星砂の存在を否定してしまう。その身体から出て行ってほしいと詰め寄ってしまう。

それは、かつて婚約者からオープンマリッジ(他に恋愛関係を持ってもいい婚姻関係)を持ちかけられても、愛想笑いしながら承諾した物わかりの良すぎる男らしからぬ言動である。

そして鈴之介は「この人に触るな、触るな。触らないでくれ」と毅然とした言葉で悠日を拒み、傷つくもう1人の星砂をひたすらに守ろうとする。

それもまた、他人との関わりを諦めて、常に孤独を良しとして、恋愛は自分の人生にはいらないと割り切っていた男らしからぬ言動である。

それぞれに友情と恋を得て、扉を開いて一歩を踏み出したからこそ、悠日と鈴之介は正面からぶつかりあってしまう。

誰かが何かを失わねば決着のつかない3人の関係に胸がひりひりする。そして今回のラストで見つかる星砂の手紙は、その痛みに呼応するかのようだ。

自身の存在が失われる覚悟とともに、星砂は手紙で悠日に語りかける。

思い出は必要なものだ。でも慎ましくスプーン一杯くらいあればいい。

それはホットドッグからはみ出すキャベツであり、シャツがまくれて見えるヘソであり、キスの直前に鳴るアラームであり、起き抜けに分けあう一杯の水であり、普段の暮らしの中のものだ。

そんな特別でない、等身大の自分を覚えていてほしい。

これは、愛おしい恋人への言葉であり、同時にすべての人の喪失の痛みに寄り添うものだ。

喪失とすべての解決の予感をはらんで物語は最終盤に向かう。

4人の友情と愛情がどのように着地するのか、しっかり見届けたいと思う。


[文・構成/grape編集部]

かな

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