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「私が生ききる姿をよく見て」 年老いていく親が、私に教えてくれたこと

By - 吉元 由美  公開:  更新:

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※ 写真はイメージ

吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

年老いていく親の人生と共に

今年に入ってから一人暮らしの父が風邪、そしてインフルエンザにかかり、数日間、我が家で養生しました。86歳、まだ朝夕の犬の散歩もでき、週に2回体操のデイサービスに行き、囲碁クラブにも通っているとは言え、やはりゆるやかなカーブを描いて衰えているのを感じます。

これまで数回のちょっとした入院はあったのですが、高熱を出して3日間も寝込んでいる父を見たことがありません。顔のしわ、白髪の混じった眉。改めて横になっている父の顔には、長い年月を積み重ねてきた人の静かな矜持が感じられました。

数年前に母は大病を患い、身体の機能がかなり落ちてしまったのですが、それでも何度も危機を乗り越えて生きることへの意欲、そして命の強さを見せてくれました。2年前に脳梗塞を起こし、言語と右半身の機能を失いました。

ERで意識を失った母の手を握りながら私が感じたのは、見たこともない光でした。

「よく見なさいね。生ききる姿をよく見ていなさいね」

母が、こう伝えてきているような感がありました。そこには圧倒的な愛しかなくて、これからどうなるだろうという不安と共に、何か深い安心感があったことをよく覚えています。

母はそれから最期まで、私たち家族にただただ愛を伝えてきました。もちろん、言葉で伝えることも、行動で伝えることもできないのですが、私たちが愛することに目覚めていくよう、その姿をもって導いてくれたのです。

母を見送った後、父は大きな喪失感と共にあったと思います。もう毎日お見舞いに行くこともありません。母の写真を前に1人で食事をしていると聞いた時、父が失ってしまった存在の大きさに胸を締めつけられる思いをしました。

父には、ささやかでも幸せだと思ってくれるような日々を送ってもらいたい。妹たちと相談しながら、父ができるだけ淋しくならないように。ささやかな喜び事も一緒に分かち合いながら過ごしています。

3日間寝ていただけで、歩くのがおぼつかなくなった父は、早く自宅に戻りたがりました。歩けなくなるのが1番怖いといって、熱が下がった途端に犬の散歩に行き、妹たちに怒られていました。

私たちが想像する以上に、父は敏感に自分の衰えを感じているのです。それがどれほど怖いことか。高齢の親を見守る時、そんな怖さを抱えていることを知っていることが大切なのかもしれません。できないことがひとつ出てきた時に、そっと支える。すべて引き受けるのではなく、そっと支える。

年老ていく親の人生と共にあること。それは、1人の人間がどのように人生という物語を閉じていくのかを見守ることでもあるのです。そしてその物語は創っていくことができる。父もまた、母と同じように愛することを教えてくれているのです。


[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
吉元由美Facebookページ
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