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被災した野球少年にプレーする場を! ある男性が作り上げた「もう1つの甲子園」とは?

By - grape編集部  公開:  更新:

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出典:Facebook

2011年3月11日に発生した東日本大震災。

震災から5年以上が経った今でも、まだ住み慣れた土地に戻ることすらできない人が多くいらっしゃいます。しかし、そんな多くのものが失われた東日本大震災を機に生まれたモノもあります。

それが絆甲子園(きずなこうしえん)です。

震災によって試合どころか練習すらままならない、そんな野球が大好きな中学生に「思う存分、野球をプレーする環境を作ってあげたい」と願う大人たちが作り上げた、もう1つの甲子園です。

第1回大会は2011年夏に開催

東日本大震災は、多くの人たちから大切なものを奪って行きました。

当時、大きな被害を受けた東北の少年たちが「野球をやりたくてもやれない状況」に置かれていることを知った絆甲子園事務局代表の佐野章さん。

自身の息子さんが東京のリトルシニア(中学生年代の硬式野球)でプレーしていたこともあり、被災した子どもたちに「野球をプレーする環境を与えてあげたい」「3年間の成果を披露する場所を作ってあげたい」と、東北の野球関係者にコンタクトを取り、さまざまな人たちの協力を得て、2011年8月6・7日に第1回の絆甲子園を行いました。

以降、毎年開催してきた絆甲子園は2016年で6回目。初の福島開催で、4月に発生した平成28年熊本地震で被災した熊本県の中学生チームを招待し、8月6・7日に行われます。

絆甲子園を経て高校で甲子園出場!

絆甲子園に出場した選手の中から、高校進学後、甲子園に出場した選手もいます。

2015年の夏の甲子園で、準優勝に輝いた仙台育英高校の佐々木啓太選手は、第1回と第2回の絆甲子園に、石巻中央リトルシニアの一員として出場していました。

毎年、数人は高校進学後に甲子園に出場するそうですが、事務局代表の佐野さんは「それ以上に嬉しいことがある」と語ります。

次のページでは、野球をやれる環境に感謝し、夢を見付けた野球少年。その母親から届いた感動的な手紙を紹介します。

出典
絆甲子園絆甲子園セレ コーポレーション

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