婆ちゃんのカレーをもう一度… 親戚にレシピを尋ねると、意外な事実が明らかに【grape Award 2018】
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grapeでは2018年にエッセイコンテスト『grape Award 2018』を開催。『心に響く』をテーマにした多くのエッセイが集まりました。
ここでは、作品の中から『祖母のカレーが教えてくれた大切な事』をご紹介します。
祖母のカレーが教えてくれた大切な事
私には、忘れられない味がある。六年前に亡くなった祖母が作るカレーの味だ。
祖母が亡くなってから今までカレー専門店やレトルトカレー、そして母が作ったカレーを幾度となく食べてきたけれど、あのカレーを越える味はない。
味の説明も難しい。複雑な味だ。口に入れた瞬間、蜂蜜や果物のような甘みが広がる。その後、スパイシーな刺激がジワジワと訪れ、ニンニクの風味が一気に鼻から抜ける。
この説明だけでは「似たような味があるのでは?」と思われそうだけれど、複雑な味すぎて上手い言葉が思い浮かばない。期待以上に色彩が刻々と変化する、手持ち花火を味わっているような感覚としか伝えようがない。
私は母に電話で聞いた。「お婆ちゃんのカレーって、何が入っていたのかな?」と問いながら、既に何度かこの質問をしていた事に気付いた。
「んー、すりおろした林檎とか沢山入れていたけどね」
「レシピとかないの?」
「前も言ったけど、無いと思うよ。棚を整理した時も無かったし」
なぜか「無い」という事実を認めたくなかった。私はずっと心の中で、「どこかに眠っているのでは」という淡い期待を抱いてしまっていたのだ。
「婆ちゃんが生きている間に作り方を良く見て、全部覚えておくんだったね」
痛い言葉だ。カレーを作る祖母のエプロン姿を幼い頃何度も見たのに。私は一体、普段から何を見ているのだろうか。
大切なものを沢山見ているはずなのに、見る事が出来なくなってから本当の大切さに気が付く。味覚は時に、人を虜にすると知った。誰でも忘れられない味というものはあるだろう。恋愛感情と似ていると思った。
私はある意味、祖母のカレーに恋をしているのだろうか?
この恋心が、あるアイディアを閃かせた。
「あのさ、文子オバさんの電話番号教えてくれない?」
文子オバさんは、祖母の妹。「文子オバさんも、お婆ちゃんと同じカレーの作り方なのでは?」という考えが脳裏を過ったのだ。
何年も会っていない文子オバさん。祖母の葬式の時最後に会ったはずだけれど、腫れた目を終始下に向けていた私は、あまりその時の記憶がない。カレーのレシピを聞く為だけに電話するという事を、母は恥ずかしがった。それでも頼み込んで文子オバさんの電話番号を教えてもらい、すぐ電話する事にした。
呼出音を聞きながら、「きっと私の事、そこまで覚えていないだろうな」という事を考えていた。そんな微妙とも言える関係なのに、迷わず電話する気にさせてくれたカレーのパワーは凄い。
「もしもし?」
受話器の向こう側から聞こえてきた、か細くも温もりに満ち溢れた声。祖母と同じ声のトーン。たった一言で目頭が熱くなった私は名乗って、電話した経緯を告げた。カレーのレシピを聞く為だけに電話してくる人が、文子オバさんの人生で他に存在しただろうか。「バカだねぇ」と言われる覚悟はしていたが、予想していなかった言葉を告げられた。
「丁度今晩の献立、姉とよく作っていたカレーなのよ。これも何か運命の……巡り合わせなのかもしれないね」
私は、只々驚いた。「あのカレーは、お婆ちゃんとオバさん二人で生み出したんですか?」と聞くと、文子オバさんが首を横に振る姿が脳裏を過った。
「正確に言えば、三人。私達の母親……ひい婆ちゃんから受け継いだ味なのよ」
その後、文子オバさんから思い出話を聞いた。
お婆ちゃんたちはあのカレーを『魔法のカレー』と呼んでいたらしい。なぜ『魔法』なのかと言うと、嫌いだったものが食べられる『魔法』がかかっているらしい。子どもの頃、好き嫌いが多かった娘たち。すりおろした人参・トマト・ほうれん草がたっぷり入っていた事を知って、天地がひっくり返るほど驚いたらしい。
甘口・中辛・辛口のルーを三種類も混ぜて使っていた事――そして醤油漬けのニンニク、生姜が味の決め手という事も教えてくれた。手間暇と、娘を想う母親の愛情が詰め込まれた『魔法のカレー』は、疎遠だったオバさんとの絆も紡いでくれた。
その日以来、一人暮らしをしている家で何度もカレーを作った。味を近付ける為、作る度文子オバさんに電話した。喜んでアドバイスをしてくれた文子オバさん。お陰様で完璧に祖母が作るカレーの味を再現出来るようになった私は、有給休暇を取得して実家に帰り、懐かしの味を披露する事にした。
実家にいる父・母・兄そして弟。このカレーを口に含むと皆、時が戻ったような笑顔になった。(父にとっては母親の味。そんな父は、少し涙目になっていた気がする。)思い出の味を噛み締め、思い出を語り合い、思い出に浸る。まるでタイムスリップ。味覚には不思議な魔力がある事を改めて感じた。
普段何気なく食べている味もいつか、かけがえのない味になるかもしれない。何気ない生活の中にある失いたくないもの、語り継ぎたいもの。大切なものは日常に溢れているという事を思い出させてくれた祖母のカレーには、やはり『魔法』がかかっていたのだ。
grape Award 2018 応募作品
タイトル:『祖母のカレーが教えてくれた大切な事』
作者名:七々扇 七緒
『心に響く』エッセイコンテスト『grape Award 2019』
grapeは、一般公募による記事コンテスト『grape Award』を2018年に続き、2019年も開催します。
grapeのコンセプトである『心に響く』をテーマに、エッセイを募集。入賞作品はgrapeの記事として掲載されます。
2018年は約4か月間で、海外を含め13歳から86歳までの幅広い年齢層から、2017年のおよそ3倍となる695本もの作品が届けられました。
今回も、みなさんの『心に響く』素敵な作品をお待ちしております。
『grape Award 2019』に関して詳細はこちら。
特別協賛企業のご紹介
株式会社タカラレーベン
株式会社タカラレーベンは全国で展開する総合不動産デベロッパーです。
「幸せを考える。幸せをつくる。」を企業ビジョンとして掲げ、幸せをかたちにする住まいづくり、街づくりを実現しています。
本コンテストでは、『心に響く』をテーマとした全応募作品の中から特に「幸せ」が感じられる作品に、『タカラレーベン賞』が贈られます。
皆様のご応募をお待ちしております。
[構成/grape編集部]