押阪忍が語る 『奥の細道』収録の思い出〜その参
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こんにちは、フリーアナウンサーの押阪忍です。
ご縁を頂きまして、『美しいことば』『残しておきたい日本語』をテーマに、連載をしております。宜しければ、シニアアナウンサーの『独言』にお付き合いください。
『奥の細道』収録の思い出〜その壱はこちら
『奥の細道』収録の思い出〜その弐はこちら
『奥の細道』その参
江戸を発った芭蕉は「五月雨を集めて早し最上川」、「閑さや岩にしみ入る蝉の声」など 数々の名句を残すのですが、なぜか天下の景勝地、宮城県の松島の句がないのです。これは俳諧の世界でも『謎』とされているようです。
「松島や ああ松島や 松島や」これは江戸時代の狂歌師 田原坊のもので、芭蕉の句ではありません。 ではなぜ芭蕉は 日本三景の1つ絶景の松島で句作をしなかったのでしょうか。
日本三景松島
中国の古語で、絶景の前では「口を閉じる。黙して語らず」という文言があり、これが謎解きの1。謎解き2は、名勝松島を一望した時、芭蕉はその高揚した感動を次のように描写しているのです。
松嶋逍遥 抑、松嶋は、扶桑第一の好風にして、をよそ、洞庭、西湖を恥ず。東南より、海を入て、江の中三里、浙江の、潮をたゝふ。嶋々の数を尽して、欹ものは 天を指、ふすものは波に葡蔔。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ、右につらなる。負るあり、抱るあり。児孫愛すがごとし。松のみどりこまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづから、ためたるがごとし。其景色窅然として、美人の、顔を粧ふ。千早振神のむかし、大山ずみの、なせるわざにや。 造化の天工、いづれの人か、筆をふるひ、詞を尽さむ。
何という素晴らしい筆致の描写力なのでしょうか。同じ表現を2度使わない語彙力。名勝松島が、華やかに鮮やかに眼前に浮かび上って参ります。芭蕉はこの松島の描写に全力を使ったと云われ、その実況描写?の後に句作をすると、どうしてもことばが重複し、屋上屋を重ね、句の力が失われる… と敢えて口を閉じたと言われております。
瑞宝の丘より松島を望む
でも私ども日本人としては名勝『松島』の二文字の入った俳聖松尾芭蕉の句は、やはり一句は欲しかった、と思っているのですが…。
<2019年11月>
フリーアナウンサー 押阪 忍
1958年に現テレビ朝日へ第一期生として入社。東京オリンピックでは、金メダルの女子バレーボール、東洋の魔女の実況を担当。1965年には民放TV初のフリーアナウンサーとなる。以降TVやラジオで活躍し、皇太子殿下のご成婚祝賀式典、東京都庁落成式典等の総合司会も行う。2019年現在、アナウンサー生活61年。
日本に数多くある美しい言葉。それを若者に伝え、しっかりとした『ことば』を使える若者を育てていきたいと思っています。