母の死を乗り越え、1人で弟を育て上げた『成宮寛貴』 その深い兄弟愛に涙
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あの童謡を歌っていた、ののちゃん!? 成長した姿に「美人になった」「別人級」と驚きの声あんなに小さかった、ののちゃんが…!6歳になった姿に「別人級に成長」「大きくなった」と驚きの声が相次いでいます。
- 出典
- A-Studio
数多くのドラマに出演し、その演技力に定評がある俳優『成宮寛貴(なりみや ひろき)』さん。
2016年5月現在、放送中のドラマ『不機嫌な果実』に出演しており、多くの方の心を捉えています。
爽やかで、いつも優しい笑顔を浮かべているのが印象的ですね。
そんな成宮さんですが、実は俳優として成功した裏には大変な苦労がありました。まるでドラマのような、成宮さんの過去をご紹介します。
弟のために全ての青春を捧げる
幼少期を母子家庭で育った成宮さん。まだ14歳の時、身体が弱かったお母さんが体調を崩し、若くして亡くなってしまいます。
小学生である6歳下の弟と、心細い二人暮らし。どうにか生活していくために、成宮さんは引越しのアルバイトで働き始めます。
それから数年は昼夜問わず働き詰め。同年代の人が学校で過ごす青春時代を、成宮さんはとにかく働いて過ごしました。そんな中でも、弟にお弁当を作ってあげるのは欠かさなかったそう。
成宮さんが芸能界に入るきっかけも、弟の進学のためでした。進学させるためには多くのお金が必要。少しでも良い給料を得るために「中卒である自分ができることは何か」を必死に考え、選んだ道が俳優だったのです。
俳優業で成功を収め、働いたお金で弟を高校・大学へと進学させます。中卒であることで、学歴は大事だと身に沁みていた成宮さん。弟をより良い大学にいかせようと「一年浪人して有名な大学に進学してくれ」と頼んだこともありました。
その後、弟は無事に大学を卒業・就職し、今では結婚して幸せに暮らしているそうです。
自分の青春を捧げ、父となり母となり弟を立派に育てあげた成宮さん。いつも笑顔の彼の裏には、こんな苦労があったのですね。
弟から兄へ宛てた手紙
笑福亭鶴瓶さんが司会を勤めるトーク番組『A-Studio』に成宮さんがゲストとして出演したとき、弟からの感謝の手紙が送られました。その内容をご紹介します。
涙を堪えながら、弟の手紙の内容を聴く成宮さんの姿が印象的でした。
自身の成功より、まずは弟の幸せを願った成宮さん。俳優としてだけでなく、一人の人間として本当にかっこいい方だったんですね。その深い兄弟愛に、目頭が熱くなりました。
[文・構成/grape編集部]