「本来は家の中だけで」美智子さまが作った子育てルール『ナルちゃん憲法』 母の愛を感じる
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1959年に、明治以降では初めて民間から皇室に入った美智子さま。
皇族としてではなく、1人の母親として徳仁(なるひと)さまを育てた、美智子さまの教育ルール『ナルちゃん憲法』をご紹介します。
『ナルちゃん憲法』が作られた理由
美智子さまは、徳仁さまを出産した時、養育係を置かずに自身で教育していくことを選択しました。
しかし、美智子さまには公務があり、いつも徳仁さまのそばにいられるわけではありません。徳仁さまが生後7か月のころ、美智子さまは公務でアメリカに行かなければなりませんでした。
その間、美智子さまは「人によっていうことが違い、しつけに一貫性がなくなることを避けたい」と考え、世話役の侍従や女官に向けて、育児メモを書いたノートを残したのです。
それが、徳仁さまの頭文字を取った育児のルール『ナルちゃん憲法』です。
ナルちゃん憲法は、美智子さまがアメリカから戻った後も、新しい項目が追加されていきました。
美智子さまが作ったルールを、書籍『ナルちゃん憲法』(光文社文庫)の中から、いくつかご紹介します。
きちんと叱る
美智子さまは、徳仁さまが幼いころから「自立した人になってほしい」と願っていました。
徳仁さまが駄々をこねたり、自分勝手な人にならないよう、美智子さまはナルちゃん憲法に、このような文を記載しました。
散歩をすることが大好きだったという徳仁さまですが、途中で疲れ、「抱っこ」と美智子さまにせがむ場面があったそうです。
しかし、美智子さまは徳仁さまに「自分で歩くことの大切さ」を説き、我がままを聞くことはありませんでした。
叱るばかりでなく、工夫を
徳仁さまは幼いころ、牛乳が苦手だったそうです。
それでも、好き嫌いなく育てたいと考えた美智子さまは、こんな方法で徳仁さまを教育しました。
美智子さまが考えた「ナーイ」作戦。
「飲みなさい」と強制するのではなく、いかにして徳仁さまが進んで飲んでくれるかを考え、工夫していたのでしょう。
きちんと愛情を示す
徳仁さまに、厳しいしつけをしていた美智子さま。
「厳しいしつけをするのは、愛情によるもの」ということをしっかり示すために、このようなルールを設けていました。
厳しいしつけばかりだと、子どもは「自分は親に愛されていない」と思ってしまうかもしれません。
徳仁さまがそうならないように、美智子さまは愛情をしっかり伝えることを常に考えていたようです。
親の手かげんが、子どもを甘えさせる
美智子さまは、徳仁さまが「幼いころにしつけをすること」を徹底していました。
それは、こんな考えがあったからです。
天皇家では、家族で百人一首をして遊ぶ習慣があるといいます。
一般の家庭では、子どもと親が勝負ごとをして遊ぶ時、わざと親が負けるということがあります。しかし、天皇家の百人一首は真剣勝負。天皇陛下も美智子さまも、徳仁さまにわざと負けるといったことはなかったそうです。
「物事に対して甘えを見せず、真剣に取り組む姿勢の大切さを教えたい」という、天皇陛下と美智子さまの意図があったのかもしれません。
長所を温かく見守る
徳仁さまが小学校に入った時、周囲には小さいころから勉強づくしで育ってきた子どもたちがおり、徳仁さまと学習量の差があったといいます。
しかし、美智子さまは徳仁さまに対して勉強を強制することはありませんでした。
「子どもの勉強嫌いに頭を悩ませている」という親は多いのではないでしょうか。
子どもが自分から興味を持つまで待つ…美智子さまの忍耐強さがうかがえます。
美智子さまの『ナルちゃん憲法』に対する考え
ナルちゃん憲法を、『育児のバイブル』としている人も少なくないようです。
しかし、美智子さまがナルちゃん憲法を作った時、そのような意図はありませんでした。2006年の美智子さまの誕生日に行われた記者会見の中で、ナルちゃん憲法についてこのように語っています。
美智子さまの「本来は家庭の中にとどまっているべきものでした」という言葉から、ナルちゃん憲法が、皇族としてではなく1人の母親として必死に子どものことを考え、作られたものだということが伝わってきます。
時代が変わっても、親が子どもに対して思う気持ちや、悩みはほとんど変わりません。
美智子さまのナルちゃん憲法は、子どもの教育に悩む現代の親も、学ぶべきことが多いのではないでしょうか。
[文・構成/grape編集部]