戦後、周囲の女性にプレゼントをしていた祖父 その理由に「泣いた」「素晴らしい」
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97歳になる祖父をもつ、水乃みのる(@Minoru_Mizuno)さん。
ある日、おじいさんの家を訪れた水乃さんは、捨てられる直前だった『古い木箱』を引きとりました。
木箱の中に入っていたのは、木彫りのブローチやペンダント。これらは、若かりしころのおじいさんが手作りしたものだといいます。
水乃さんのおじいさんがこれらのアクセサリーを作ったのは、理由がありました。
97歳の祖父が、戦後すぐのころに作った木彫りのアクセサリー
さまざまな美しい形に彫られたアクセサリーは、1つひとつおじいさんによる手作り。
ツルツルとした塗装のものや、さびたように見えるものなど、こだわりが感じられます。
これらのアクセサリーは、おじいさんが周囲の女性にプレゼントするために作ったものでした。
太平洋戦争の終盤、戦局の悪化により日本は深刻的な物資不足に悩まされていました。物資がないと、戦うために必要な武器を生産することができません。
そのため政府は金属類回収令を公布し、一般家庭の鍋や子どものオモチャなど、国内のありとあらゆる金属類を回収しました。
もちろん、戦争が終わっても回収された物資が戻ってくるわけではありません。金属類が不足している中、アクセサリーは手に入りませんでした。
そう。おじいさんはそういった現状でオシャレができない女性のために、木彫りのアクセサリーを作り、プレゼントしたのです。
敗戦直後、多くの人が貧困にあえぎ、苦しい生活を送っていました。そして、生活が苦しいのはおじいさんも例外ではありませんでした。
材料や道具が不足している状態の中、おじいさんは「みんなの笑顔が見たい」という一心で、アクセサリーを作ったのでしょう。
デザインはペルシャじゅうたんや壁紙について書かれている本を参考に、独学で1つひとつ彫っていたといいます。
見ているだけで温かい想いが伝わってくるアクセサリーに、多くの人が心打たれました。
・こんなにも素敵なアクセサリーを身に付けることができた人は、本当に幸せだと思います。
・クオリティがすごいだけじゃなく、どれも温かみにあふれていて素晴らしいと思いました!
・海外のヴィンテージものかと思ったら、国内のものだなんて…!とても素敵です。
・作品が素敵なのはもちろんのこと、こうして感動と共に受けついでくれるお孫さんがいるなんて、素晴らしいことですね。
きっと、当時おじいさんからアクセサリーをもらった人は、言葉ではいいあらわせないほど嬉しかったことでしょう。
自分が苦しい時でも人のために行動する優しさは、現代でも大切なことだと気付かされます。
[文・構成/grape編集部]