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時代の空気感を誰が作るのか 本屋で出会った1冊の本に想う

By - 吉元 由美  公開:  更新:

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吉元由美の『ひと・もの・こと』

作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さん。先生の日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。

たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…様々な『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。

時代の空気感を誰が作るのか
1冊の本が私たちにもたらすもの

久しぶりに大きな書店に行きました。最近、Amazonで本を買うことが多くなったので、書店に足を運ぶ機会が少なくなっていたのですが、書棚の間をあてもなく歩きながら本を探す楽しみは、創造力、想像力、創作意欲をかきたてます。

書店の中で、おそらく書店がいちばん力を入れているのではないかと思われる1冊がありました。ベストセラーの書棚にも、派手なPOPをいくつも並べて平積みしてありました。また、通常の小説の書棚にも同じように平積みにされ、また別の場所に特別にコーナーも設けられていました。装幀も目立つものですし、ポスターも斬新なものでした。

ぱらぱらと見てみると、まあまあ読みやすそうな文章であったことと、これだけ書店が力を入れる本はどんな内容なのだろうと、半ばリサーチ的な気持ちで買いました。もしもこの本が通常の小説の書棚にあったら、たとえ平積みされていても買わなかったでしょう。

その日の夜、その小説を1時間ほどで読みました。本を閉じた時、いまこの本を捨てようかどうしようか迷ったのです。しばし手に持ったまま…。もう1度読み返すことはないと思うし、誰かに貸すことも、あげることも、売ることもないでしょう(「誰かに読ませたくなる」的なことが、本の感想として出ていましたが)。

実用書であれば、具体的なテクニックや考えかたなどの、実生活や心の持ちかたに役に立つ内容が書かれています。エッセイであれば、しみじみとした感慨や、生きかたや生活の知恵など、作者のさまざまな視点、ものの考えかたなどに感銘を受けます。小説は、登場人物を通して人生を深く考えるきっかけを与えてくれます。また、エンタテイメントとして楽しむことができます。

本の内容を詳しくは記しませんが、SNSを通して再びつながった男と女の話。結末は…いろいろな意味で「衝撃的な」ものでした。読み終わった時、昨年起こったSNSがきっかけとなったおぞましい事件を思い出しました。

ただ分からないのは、なぜこの本がここまでプロモーションされ、売れるのか。どの点に価値を見いだしているのか。時代がこのような世界に興味を持っているからなのか。SNSが社会の中で大きな位置、影響力をもった現代への警鐘…という点に着目したのか。あえて賛美両論を巻き起こすことで、話題性と販売促進をはかったのでしょうか。

心の闇を描いた作品は多くあります。その闇を通して、自分の中にある闇に気付いていく。闇を抱えた登場人物にどこか共感している自分がいます。心の闇を描いた小説には、おぞましさもあるかもしれませんが、そこにある悲しみ、孤独、葛藤、不条理から、人間や人生の1面が見えてくる。だから興味深いのです。闇を描くのではなく、闇をもてあそんだ世界観。もしこれが、時代が求める空気感だとしたら…。その空気感を作るのは、大人たちの闇なのかもしれません。

時代を超えて読み継がれていく名作の豊かさ。この時代、活字と向き合うのはなかなかエネルギーが必要かもしれません。自戒をこめて、改めて名作、美しい文章に触れる大切さを感じたのでした。


[文・構成/吉元由美]

吉元由美

作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
吉元由美オフィシャルサイト
吉元由美Facebookページ
単行本「大人の結婚」

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