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「3.11」被災地で学んだ『津波』からの避難 「一度高台に上がったら戻るな」

By - grape編集部  公開:  更新:

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2011年3月11日に岩手、宮城、福島など多くの地域を襲い、未曽有の大災害となった東日本大震災。

地震による建物倒壊よりも、多くの人が予想もしていなかった津波の恐ろしさが、痛烈に記憶に残りました。

1万5,000人以上もの尊い命が奪われるという、痛ましい結果に今も胸が痛みます。

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今年で震災から5年が経過し、一つの節目を迎える今。

自分は震災について、わかったつもりになっているだけではないのか?

テレビの映像、ネットでの情報、様々な媒体を通しての知識だけ。自分の目で耳で、肌で震災の恐ろしさを感じ、現地の声を聞いたことはありませんでした。

ネットで情報を得るだけでいいものか…そう強く思った私は、岩手県へと向かいました。

現地の声

まず私は、リアス式海岸で有名な三陸海岸沿いにある釜石市へと足を運びました。入り組んだ特徴的な海岸線は、津波の被害をより大きくしたといわれています。

しかし、津波の被害が著しかった釜石市内で、小中学生約3,000人が震災時に即座に避難し、生存率が99%を超える「釜石の奇跡」という出来事がありました。

ほぼ全員が津波から助かったのは、本当に奇跡的な要因だったのか。

私は釜石駅近くのプレハブ居酒屋の集まる「のんべえ横丁」で、居酒屋海舟を営む山崎公平さんにお話を伺うことができました。

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5年という歳月が流れているとはいえ、心に深く傷を負っているであろう震災当時の話。

そりゃ、すごかったよ!前にやっていたお店なんか、津波で鉄骨の柱以外、メチャクチャになってたんだから!

よそ者だからと隠すことなく、応えてくれる山崎さんの言葉には、苦難を乗り越えた精神的な力強さを感じました。

さらに話だけでなく、津波の被害が大きかった鵜住居(うのすまい)地区と大槌町を案内してくださるとのこと。

まだ完全に復興が終わっていない中、温かな言葉が自然と出ることに頭が下がる思いでした。

自分の目で確かめたこと

翌日、鵜住居地区で山崎さんと合流。まず案内していただいたのは、海岸線から程近い場所に建てられた、釜石東中学校と鵜住居小学校の跡地。

両学校の児童が、当初避難場所に指定されていた所から、さらに高台を目指し助かったことで有名になった学校です。

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現在は、子供たちが毎日はしゃぎながら通っていたとは思えないほど、殺風景な景色が広がっています。

学校跡地には、ラグビーワールドカップ(RWC)2019の競技場が建つそうで、周辺を行きかうトラックも多く、見上げるほどの基礎工事の土が盛られていました。

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住民は、ほとんど反対してるんだけどね。まだ仮設に住んでいる人もいるのにって。

競技場ができることで、交通インフラが整備される利点もあります。しかし、先に住民を何とかするのが筋ではないか。そういった意見も出ているようです。

さらに、学校のすぐそばを流れる鵜住居川を見ながら、川の怖さをポツリとこぼす山崎さん。

川は凄い怖いんだ。津波が川を遡ってきて、そばにあった住宅なんて全部流された。

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津波が川を遡上し多くの建物を襲ったことは、ネットなどでも知っていました。しかし、直接聞く生の声は情報としての側面以外に、痛々しいまでに感情が伝わってくるものでした。

川の恐ろしさを少しでも封じるためか、鵜住居川には新しく建設中の水門の姿がありました。

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実際に避難してみると…

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