左利き界のオアシス『菊屋』がすごい! きっかけは子どもにケガをさせてしまった母のひと言
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1973年に開店以来40年以上の歴史を持つ文房具店「菊屋」(正式には菊屋浦上商事株式会社)。相模原市という地方都市の小さな文房具店が、今、熱い注目を浴びている。
その理由は、レフティ(左利き)専用の文具やグッズがぎゅっと集まっているから。世界的に見てもレフティ率は10%。決して多い数字ではないのになぜこんなに注目されているのか。レフティグッズは一般的な商品と何が違うのか。2代目社長の浦上裕生(ひろお)さんに聞きました。
ここにしかないもので差別化したい、それがレフティグッズだった
–店内にレフティグッズコーナーを設けるようになったのは、いつからですか?
浦上:私がこの仕事を継いだのは15年前、2002年のことです。その前の、母が店主をしていた頃はごく普通の文房具店で、左利き用の商品を積極的に扱っていたわけではありませんでした。ただ、たとえば市役所から毎年100人分の文房具の注文があるとしたら、その中に1,2個の割合で左利き用の商品の注文がありました。普段よく売れるものではないので、その都度倉庫の箱から出して納品していたのです。すると、「左利き用のものがあるなら、個人的に買いたい」と言う人が出てきて、バラ売り販売も対応するようになりました。それでもまだ、あくまでも言われたら倉庫から出すというレベルの商売でした。
それが大きく変わったのは1993年ごろのこと。当時、中学生だった弟が、カッターで工作をしていたときに大けがをしたことがきっかけでした。私は5人兄弟の2番目で、私と弟の2人が左利きでした。実は一般的なカッターを左利きの人が使うと刃の切れる側が自分の方に向くことになり、とても危険なのです。この一件に、母親が「店では左利きの商品を扱っているのにわが子には与えていなかった」と大きなショックを受けました。そして、「きっと他にも困っている人がいる。そういう人のために特別にコーナーを作ろう」と母が店頭にレフティグッズコーナーを設け、小さいながらも本格的な取扱を始めることになりました。
その後、インターネットの普及でネット通販が台頭してきた頃、当社もブームに乗ってネット販売に着手しました。当初は通販システムをメーカー依存していた為、通常の文具のみをネット上で販売していました。ネット販売を開始してすぐに、レフティグッズをネット販売でも取扱うべきだと母が言い出しました。しかし私は「そんなの絶対当たらない、やっても無駄だ」と。真っ向から意見が対立しました。
そんなとき、インターネット経由で、はるか遠くの島根県からA3のS型(タテ型)ファイルの大量注文が入りました。なんでそんな遠くから?と思い、嬉しさのあまり思わず電話をかけて理由を聞いたところ「さんざん探したが他にどこも売っていなかったから」と。これだ!と思いました。
もともとうちのような販売店は、仕入れたものを売るだけの商売で、独自のカラーを出しづらい。だけど、「よそにないものを売る」ことで差別化ができる、と母の考えと一致したのです。母の着眼点は正しかったのです。
レフティをキーワードに、地域貢献にもつながる新しいものを開発したい
–それが結果的に大当たりしたわけですね。
浦上:最初は半信半疑でしたが、予想以上に売れました。噂を聞いて山梨県や群馬県、海外からも買いに来てくれる人がいたんです。
口コミでご縁がつながって、レフティばかりが集まるジャパンサウスポークラブというサークルによばれ、メンバーの方たちから、文具だけでなくお玉とかフライ返し、急須なども一般のものではレフティには使いづらい、調達が難しくて困っている、という話を聞きました。「ほかにこんなお店ないから、がんばって」と言われて、それじゃあ本気でがんばろうと。文房具だけでなく、お玉や急須、包丁や鎌も置くようになりました。メディアに注目されるために、「秋葉原の中心で左利きを叫ぶ」というわけのわからないイベントを開催したりもしたんですよ(笑)。
–その甲斐あって、雑誌やTVでも随分取り上げられていますね。一方で、インターネットでの販売をやめたとか。それはなぜですか?
浦上:何でもインターネットで買える時代だからこそ、実物を見て納得した上で買っていただきたいのです。アマゾンと勝負してもしょうがない。地方の小さいお店にしかできない品揃えや、かゆい所に手が届くサービスを提供したい。ここにしかないからこそお客さんが来てくれる。それが回りまわって、地域を盛り上げることにつながればと。
最初は自分のお店が儲かればそれでいいと思っていましたが、最近ではどうやったら地域貢献ができるかを考えるようになりました。
–たとえば今、どんなことをされているのですか?
浦上:大学と共同で商品開発をしたり、地域で「レフティ運動会」などのイベントを開催したり。東京オリンピックに向けて、相模原の名物になるような新商品を作りたいとも考えています。いろいろな人を巻き込んで、みんながハッピーになるビジネスがしたいですね。
たとえばマグカップって右利き用に作られているとお気づきですか?カップの模様は、右手で持ったときに正面に来るように描かれている。左手で持つとカップには何も模様がない。これを逆にして、「レフティ用のカップがあります」ということを売りにしているカフェができてもいいと思うんですよ。
最終的に目指すのは相互理解。みんながハッピーになればいい
–レフティというキーワードからいろいろなアイデアが出てくるものなんですね!浦上社長がここまでレフティにこだわる理由って何なのでしょう。
浦上:右利きの人が、レフティグッズを使ってその使いづらさを実感することで、「左利きの人ってこんな思いをしているんだ」と気付いてほしい。一方で、左利きの人にも「すっかり慣れていたけどそういえば不便だったんだよね」と気付いてくれたらいいなと。最終的には違いを理解しあってみんながハッピーになればいいですね。
–海外にも積極的に買い付けに行っているとか。海外のレフティ事情はいかがでしょうか。
浦上:意外というかやっぱりというか、日本の文房具は最高だということがわかりました。海外ではレフティグッズに対する関心もあまりないように思いました。レフティグッズがあった!と思ったら日本製だったり。欧米ではレフティグッズがあるとしたら万年筆くらいではないでしょうか。
–菊屋さんはまさに“レフティを扱う世界に一つだけの文房具店”なのですね!浦上社長のイチオシレフティグッズを一つ選ぶとしたら何ですか?
浦上:ズバリ、お玉です。お玉の先って右手でスープを注ぎやすいように左側の先が細くなっています。これは左利きの人にはとても使いづらい。学校で給食当番になった子が左利きだったら困っているんじゃないかと思い、学校に寄贈したこともあります。
–確かにあのお玉、私も使いにくいと思っていました!(実は筆者も左利き) そんなもんだと諦めていましたが…。
浦上:そうなんです。ほとんどのレフティが「そんなもんだ」と諦め、いつの間にか慣れてしまっている。でも、そういう人にもこんな便利なものがあるよと伝えられたらうれしいですね。
–ありがとうございました。
<取材を終えて>
子どもの頃にお習字を習い、文字だけは右手で書けますが、あとはすべて左が利き手。でも、右利き用に作られた道具を左手で使うのは使いづらいので仕方なく右手で使ううちにいつの間にか両利きに。浦上さんも両利きだそうです。浦上さんがレフティグッズに力を入れる根底には「子どもの左利きを無理に矯正せず、好きなようにさせたほうがのびのび育つ」という思いがある様子。レフティグッズにこだわりつつも「自分だけ儲かっても仕方がない」と、地域貢献の道を探る姿勢にも愛を感じました。これからも相模原の中心でレフティ愛を叫んで欲しいです!
inspi (インスピ)
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