公園で父親が「コラーッ!」 その後の展開に、昔を思い出す人々 By - grape編集部 公開:2017-06-19 更新:2017-07-18 お父さん子供子育て Share Post LINE はてな コメント ※写真はイメージ 作詞家や小説家など、さまざまな分野で活躍をする小池一夫(@koikekazuo)さんが、父の日にツイートした内容が話題を呼んでいます。 ある日のこと、小池さんは近所の公園で、わが子を叱る父親を目撃。 すごい迫力だったのでしょうか、父親の「コラーーーッ!」という声に、なぜか周りにいた見知らぬ子どもたちまでも「ごめんなさい!!」と泣きながら謝り始めたのです! 思いもよらない展開に慌てた父親は、その後、泣いて謝る見知らぬ子どもたちの親に謝っていたそうです。 近所の子供が鈴なりの公園で。我が子をコラーーーッと怒ったら、見知らぬ子どもたちが、そのお父さンにごめンなさいーーーッと謝る事案が発生。そのお父さン、謝って泣いている見知らぬ子どもたちの親に謝ってる(笑)— 小池一夫 (@koikekazuo) 2017年6月18日 一連の流れを見ていた小池さんは、その時の出来事を笑い話のように語っていますが、ツイート読んだ人からは、昔の日本を思い出す声が多数寄せられています。 懐かしい『カミナリおやじ』を思い出す? 近所付き合いの希薄化が指摘される現代では、「他人の子どもを叱れる大人が減ってきた」という話をよく聞くようになりました。 小池さんが見かけた父親は、わが子を叱っているだけであって、ほかの子どもたちを叱っているわけではありません。 しかしその姿に、昔でいうところの『カミナリおやじ』を重ねる人が多くいました。 大人が怒って、子どもたちが謝る…昭和っぽい風景ですね。 ちゃんと怒れてちゃんと謝れる人。お手本にしたいと思いました。 悪いことを叱ってくれる大人って、いまはもう少ないですよね。 また、素直に謝る子どもたちの対しても「えらい!」との声が寄せられています。 何か悪いことでもしていたのでしょうか。すぐに謝れる素直さが素敵ですね。 ちゃんと「ごめんなさい」っていえる見知らぬ子どもたちが、素直だなと思いました。 『叱る』というのは、する側もされる側も気分がいいものではありません。相手が、見知らぬ子どもであればなおさらのことです。 遠慮してしまう気持ちは分かりますが、そうした大人との関わりを経てこそ身につく『善悪の分別』もあるのではないでしょうか。 小池さんのツイートからは、時代の流れと共に変わりゆく人との付き合い方の中で、失ってはいけないものは何かを改めて考えさせられました。 [文・構成/grape編集部] 出典 @koikekazuo Share Post LINE はてな コメント
作詞家や小説家など、さまざまな分野で活躍をする小池一夫(@koikekazuo)さんが、父の日にツイートした内容が話題を呼んでいます。
ある日のこと、小池さんは近所の公園で、わが子を叱る父親を目撃。
すごい迫力だったのでしょうか、父親の「コラーーーッ!」という声に、なぜか周りにいた見知らぬ子どもたちまでも「ごめんなさい!!」と泣きながら謝り始めたのです!
思いもよらない展開に慌てた父親は、その後、泣いて謝る見知らぬ子どもたちの親に謝っていたそうです。
一連の流れを見ていた小池さんは、その時の出来事を笑い話のように語っていますが、ツイート読んだ人からは、昔の日本を思い出す声が多数寄せられています。
懐かしい『カミナリおやじ』を思い出す?
近所付き合いの希薄化が指摘される現代では、「他人の子どもを叱れる大人が減ってきた」という話をよく聞くようになりました。
小池さんが見かけた父親は、わが子を叱っているだけであって、ほかの子どもたちを叱っているわけではありません。
しかしその姿に、昔でいうところの『カミナリおやじ』を重ねる人が多くいました。
また、素直に謝る子どもたちの対しても「えらい!」との声が寄せられています。
『叱る』というのは、する側もされる側も気分がいいものではありません。相手が、見知らぬ子どもであればなおさらのことです。
遠慮してしまう気持ちは分かりますが、そうした大人との関わりを経てこそ身につく『善悪の分別』もあるのではないでしょうか。
小池さんのツイートからは、時代の流れと共に変わりゆく人との付き合い方の中で、失ってはいけないものは何かを改めて考えさせられました。
[文・構成/grape編集部]