日本語の「儚い」「せつない」 英語でどう表現したら?
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さん。先生の日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…様々な『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
日本の言葉を伝える、心を伝える
先日ある勉強会にて、お茶室でお抹茶とお菓子をいただく機会がありました。その時のお軸は、「夢」という一文字の書。静かな力強さが感じられる書です。
この現実は、夢のようなもの。いずれはかなく消えていくもの。だからこそ、この瞬間を大切に生きる。ご亭主は仏教に造詣が深く、仏教でいうところの夢についてこうお話しくださいました。
人べんに夢と書くと「儚い」になります。人の夢の、人の世の儚さを感じさせます。儚さの中に美を見出す感性は、日本ならではの美意識です。そのお茶の席に、日本が大好きというスロヴェニアからのお客様もいらしていて、どう説明したらいいのかと困ってしまいました。この感覚を外国の人にどう伝えたらいいのでしょうか。
消えていく姿の中に美しさを見いだすのが日本人です。散りゆく桜の花に、一夜のいのちをほのかに輝かせる蛍の光に、花火が夜空に開いて消えるその一瞬に、永遠の「何か」がある。その何かを探すために哲学があり、芸術があり、信仰があります。武士道につながる要素もありそうです。
「儚い」というのは、弱々しいこと、壊れやすいこととは少し違います。weakとかfaint、fragileではない。「つかのまの」「短命の」という意味のephemeralが、語感も含めて近いように感じます。ephemeralな何かの中に美しい在り方を感じる…というイメージを持てるかどうかは、その人の感性によるところでしょう。
「せつない」という感覚もまた、英語で説明するのはむずかしい感情です。日本語でもうまく説明できません。愛しさや恋しさで胸がしめつけられる。やるせない。やりきれない…。辞書にはこのようにありますが、「せつなさ」はそんな気持ち、感覚のすき間にあるような感じがするのです。悲しさとも哀感とも違う。確かにそれに近いのですが、ほのかに温度を感じるというのか。決して否定したくなる感情ではありません。これも人生なのだと思わせてくれるような気持ち…なのです。ですからpainfulとも少し違います。
いろいろ調べていたところ、『ロミオとジュリエット』の台詞に出会いました。
Parting is such sweet sorrow.
(別れはあまりにも甘い悲しみ…)sweet sorrow…悲しさと恋しさが交錯するせつなさを表すのには素敵な表現ですね。
一幅のお軸から世界が広がりました。言葉の世界は宇宙のようです。心という次元のない場所で息づいているのですから。単なるコミュニケーションのツールではないのですね。
夢というもの、儚いということ。せつないということ。そっと心に触れるような感情を英語でどう伝えたらいいのか。日本語と英語と…言葉の宇宙をさまよいます。英語表現を考える前に、もっと日本文化について知り、身を以て味わうこと。そして、伝えることをあきらめないこと。真のグローバル化は、ここから始まると実感したのでした。
作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」