台湾の男性の目と、ふたりのバックパッカー 忘れられない30年前の旅
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吉元由美の『ひと・もの・こと』
作詞家でもあり、エッセイストでもある吉元由美さんが、日常に関わる『ひと・もの・こと』を徒然なるままに連載。
たまたま出会った人のちょっとした言動から親友のエピソード、取材などの途中で出会った気になる物から愛用品、そして日常話から気になる時事ニュースなど…さまざまな『ひと・もの・こと』に関するトピックを吉元流でお届けします。
旅は続く、心の中で
30年前の話です。12月のパリに2週間、ひとりで旅をしたときのこと。冬のパリは寒く、曇りの日の朝は9時近くに明るくなり、4時過ぎると暗くなる。大好きな街なのに、何となくパリという街に疲れていました。
(そうだ、こんなときはイタリア!)と思い立ち、ヴェネツィアへ3日間、気分を変えに行くことにしたのです。
言うまでもなく、ヴェネツィアはロマンティックな街でした。サン・マルコ広場にカフェのテーブルが並んでいなくても、静けさの中をそっと吹いていく冷たい海の風は心地のいいものでした。小さな橋を渡りながら水路に挟まれた細い路地を歩き、お土産屋さんをのぞき、ヴェネツィアンガラスの美しさに魅了され、教会を見学し…。カフェで本を読み、旅日記を書く。
2日目、友人に勧められたレストランで食事をしていた時のことです。
「どちらからいらしたのですか?」
隣のテーブルのアジア系の男性から声をかけられました。日本から来たことを伝えると、自分たちは台湾から仕事で来ているのだと言いました。いくつかヴェネィアの情報交換をしていたのですが、もうひとりの男性が私の目をしっかりと見て、こう聞いてきたのです。
「あなたは、第二次世界大戦時の日本についてどう思いますか?」
英語で答える難しさよりも、どう答えていいか戸惑いました。すぐに答えられる自分の意見がなかったのです。ああ、これはとてもはずかしいことだと思いました。「難しい問題ですね」などと、当たり障りのないような、意見にもなっていないことを答えました。自分の考えのなさに落胆しました。思うことはたくさんあっても、きちんと自分の意見として伝えられなければ、それは意見ではない。苦い気持ちで、運河沿いを歩いてホテルへ帰りました。この苦さも、旅の収穫なのです。
翌日、ムラーノ島からの帰りの水上バスで出会ったバックパッカーふたりと食事をすることになりました。なんとなくなりゆきだったのですが、外に出ているレストランのメニューを見て彼らは、「ここは高い」「ここも高いな」と言いながら、結局驚くほどリーズナブルな食堂に入ることになりました。その男性と女性は、ヴェネツィアへの列車の中で知り合ったらしく、ヨーロッパの他の街の情報交換をしていました。ふたりは食事を終えると腕時計を見て、
「まだ○○行きの夜行列車に間に合う」
「私は××行きに乗るわ」
と、帰り支度をはじめました。
「ここに泊まらないの?」
と聞くと、
「ここにはもう見るべきものはないから」
と言って、店を出て行きました。
私の旅は、感じること。どんな場であっても、そこで何を感じるかということが旅心を誘います。どこへ行ったかということだけではなく、そこでどれだけ感じ、考えたか。ヴェネツィアでの3日間は、30年経った今でも、心のどこかで続いているのです。あの台湾の男性の目と、ふたりのバックパッカー。苦い思いと、「感じる」ことへの欲求。ここにいながらにして、心の旅はまだ続いているのです。
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作詞家・吉元由美の連載『ひと・もの・こと』バックナンバー
[文・構成/吉元由美]
吉元由美
作詞家、作家。作詞家生活30年で1000曲の詞を書く。これまでに杏里、田原俊彦、松田聖子、中山美穂、山本達彦、石丸幹二、加山雄三など多くのアーティストの作品を手掛ける。平原綾香の『Jupiter』はミリオンヒットとなる。現在は「魂が喜ぶように生きよう」をテーマに、「吉元由美のLIFE ARTIST ACADEMY」プロジェクトを発信。
⇒ 吉元由美オフィシャルサイト
⇒ 吉元由美Facebookページ
⇒ 単行本「大人の結婚」